03


ー数日前 とある村ー


「おい、やめてくれ!それはうちの家族の分だ!」

「あぁ?年寄りのじじばばと子供しかいねえのに米がこんなに必要なわけあるかよ」

「わしの分は持っていって構わん!ただばあさんと孫達の分まで持っていかれるわけには…」

「うるせえじいさんだなっ!」


2人の孫は食べ盛りの成長期、病気がちの女房にもしっかりと栄養あるものを食べさせてやりたい。
米は裕福とは言えないこの家の一番のご馳走だ。多くは手に入らない高級品を少しずつ少しずつ、大地の恵みに感謝を込めながら戴いてきた大切なものだった。

それを、こんな野蛮な連中に奪われるわけにはいかなかった。

家族のため、老体に鞭を打ち必死に米を守ろうとするも力では到底及ばず、軽く押されただけでその腕は簡単に米俵から離れてしまう。悔しさと怒り、そして自分の不甲斐なさに拳は震え目には涙が浮かぶ。


数ヶ月前にやってきた連中は、腰元に物騒な剣をぶら下げた若者達だった。
村の空き家を勝手に寝床代わりに使い始めただけでなく、食料がなくなると抵抗できない老人達の家を狙ってこうして食べ物や金に変わりそうなものを奪っていく。悪党だ。

村の若い者達は王宮内や城下町、そこに近い比較的人の多い町に出稼ぎに出ていて村には年寄りや子供が多かった。
地方に派遣されている軍の者に助けを求めたところ「窃盗をしたという動かぬ証拠、もしくは現行犯でないと対応できない」と相手にはしてもらえなかった。

ならば村への巡回を増やし、抑止力になって欲しいという願いもまた、「善処する」と煮え切らない返答で終わってしまったのだ。


誰か助けてくれ、


誰かなど、もういないのは分かっていた。
神は全てを見ているだけでただの人間には力は貸してくれないし、なにより自分には神の声を聞く術がない。

それでも、頼りにならない軍の者や神でもない誰かに、縋りたい気持ちで振り下ろされそうな拳に耐える心構えを決めた時だった。


「う"ぉおおい!邪魔するぜえ!」

「……あり?本当に邪魔っぽい時にきちゃったっぽくね?」

「な、なんだ貴様ら!この村のもんじゃねえな!?」


くるはずの痛みに耐えるべく固く閉じた瞳。
それを恐る恐る開いた先にいたのは、見たことのない青年達だった。


銀糸の長髪の若者は腕に生身の剣を装着しており、鋭い目付きと相まって一瞬こいつらの仲間なのではないかとも思った。

二言目に言葉を発した彼は、背丈や声からしてまだ青年と呼ぶには少し早いのだろうか。
真っ黒の外套についている頭巾で顔の半分以上を隠しており、楽しげに歪んだ口元しか見ることができなかった。


「他所から来たんなら他当たってくれ。この家のもんは俺が先に目をつけたんでなぁ!」

「た、助けてください!」

「おいじじい!その口利けなくしてやろうか!?」

「ど、どなたかは存じませんがっ!」


今度こそ殴られるだろう。それを覚悟した上で、誰か助けてはくれないかと、神に祈ることすらも諦めた瞬間に現れてくれた救世主に向かって声をあげた。

金属の擦り合う音が聞こえたのはその直後だった。
村のごろつきがとうとう抜いた剣と、銀糸の青年の手首から生える剣。どちらの力量が上なのかは素人目でも簡単にわかった。


「おい」


第三者の声が聞こえたのはその時だった。

誰も身動き一つ取らなかったのは、いや取れなかったのは、その声の持ち主を知っていた者が2名、動いてはいけないのだと本能的に感じたのが2名。後者が動かなくて正解だったと知るのはそう遅くなかった。


先の2名と同じような黒い服に黒い外套、髪の毛も黒く、肌も他の2人に比べると少し浅黒い。
頭の先からつま先までが黒一色の男の唯一の色彩がその紅い瞳だった。
黒の中に浮く紅は、こんな時だというのに美しくそれでいて冷たかった。


「酒はあるか」


誰に向けた問いなのか指定先がない話の仕方は、この青年が人の上に立つ者であることを伝えるのには十分で、剣を構えたままの銀糸の青年が瞳で訴えてきて初めて自分への問いかけだったことを知る。


雨の少ない乾いた土地であるこの村は、米を作るのには不向きであったが、とうもろこしや麦といった穀物を栽培するにはうってつけの気候だった。
中でも、小麦のみを使った蒸留酒はこの村の名産品。口当たりも柔らかく飲みやすいと評判だが、紅い目の青年には少し物足りないだろうか。


「えぇ、山ほど」

「しししっ」

「う"ぉおおおい!村中の酒用意しとくんだなぁ!」


それからはあっという間だった。

家に押し入ってきたごろつきはものの2秒でのされてしまい、騒がしさに駆けつけてきた村に居座っていた連中も次々となぎ倒されてゆく。人がこんなに簡単に倒れていくのは未だ嘗て見たことがなく、その所業には開いた口が塞がらなかった。


結果的に数ヶ月間村人を恐怖でもって縛っていた者達は、さらなる脅威にあっけなく散っていくこととなった。


「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

「恩なんて忘れて構わねえから、村の酒をありったけ持ってこい!」

「早くしねーとうちのボスこの村消し飛ばしちゃうかも」

「は、はい!ただいま!」


彼らは結局、たった3人でごろつきどもを倒し、村中の酒を飲み干した。
そして次の日には名すら告げずに去っていった。

紅い目を持つ青年と救われた村。


3.晩霜者たち



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