04


「旅人さん達は今までどんなところを旅してきたの?」

「別に俺達は冒険してるわけじゃねぇぞぉ」

「それでも旅は旅よ。知らない土地をその目で見てきたのでしょう?」


 これまでの旅路を知りたがるアキラの瞳は輝いていた。
彼らの旅路に話して聞かせるような出来事は何もない。ましてや若い娘が聞いて喜ぶような旅はしてきていない自覚がスクアーロにはあった。男ばかり、自由気ままに酒と女と暴力と。目的も何もないこの旅をスクアーロは気に入っていた。目的地もない。成し遂げるべき目標もない。ただ今日という日を生きて、またやってくる明日を生きる。風の向くまま好きな方向に足を動かし、見えてきた名も知らぬ村で何日か過ごしまた歩く。そうやって、今までもこれからも生きていけるのなら楽しいものだと思っている。
 少なくともアキラの住む浅利より栄えている村はこの国にはない。ここは王の住む城下町。浅利の中心こそ賑やかだが少し行けば王の住む都だ。この華やかさに慣れていれば他所の村などちっぽけに見えるはずだ。


「な〜アキラ、おまえが見ていけって言うから祭の日まで此処にいたのにおまえが来ないんじゃ意味ねーじゃん。」

「それに関しては謝るわ。ちょっとした手違いでお店に顔を出せなかったのよ。ごめんなさい。」

「ベルの奴寂しがってたぜぇ」

「は?」

「寂しかったのは私もよ。挨拶できないまま皆さん旅立ってしまったのかと思ってたから。」


 だからまた会えて嬉しいのだとアキラは笑う。毒気を抜かれてしまいそうな平和な笑顔にスクアーロとベルフェゴールは黙るしかなかった。







「お兄様、私しばらく都を離れようと思っているのだけれど…」

「うん。知ってるよ。」


 "知っている"というと少し語弊があった。しかし大空様は"知っていた"。晶がこの国が大好きであることも、その目でいつか国中を回りたいと思っていたこともだ。そして、もう時期彼女を連れ出してくれる人間に出会うこと、その出会いが彼女にとってとても大切なものを与えてくれることを予感している。
 兄に"知っている"と言われた晶は自分の選択が間違っていないことを確信した。兄の先見の明を何よりも信頼しているのは晶だった。良からぬ気配に敏感な大空様が止めないという事は大丈夫なのだろう。同じ血の流れる兄妹、兄のようにはいかなくても勘は良く当たるのが晶の自慢だった。


「でもね晶。お前はこの国の第一皇女だよ。好きに出歩けるのは精々城下町くらいまでだ。分かっているだろう?」

「…でも、」


 本来であれば城下町ですら一人で出歩ける身分ではない。他所の国では、それこそ籠の中に閉じ込めておくように大事に大事に仕舞われているべき人間だ。
 晶はお金が貯まったらまた旅立つという彼等についていこうとしているのだ。当てもなく旅をする彼らに目的を与えてしまうことになるけれど、その代わりに旅の資金を負担しようと思っている。仕事として話を持ちかけようという魂胆だった。尤も、それに彼等が頷くかどうかは分からない。一か八かの賭け事ではあるが、この賭けは勝てるような気がしていた。
 晶が城を長いこと空けるには父である国王様の許しがなければならない。たとえ許されたとしても兄、そして雲雀、反対の声が上がればたちまちこの話はなかったことにされる。一つ一つ確実に許しを請うために、まずは兄である大空様の元を訪れたのであった。


「全部とは言わないわ。今回はほんの一部でもいいの。この目で、この国の民の暮らしを見てみたいの。」

「城下町で散々見てきただろう。」

「城下町ですら暗い部分があるのよ。お兄様。」


 表と裏。町人達は自らでそう呼んで線を引き、交わらないように均衡を保っている。昼と夜とで顔色を変える町でのやり方だ。橙という国の、たった一つの町でもそうなのだ。もっと多くの町や村が存在する。その一つ一つにそういった裏側があるのかもしれない。全て橙国の国民の住む場所だ。それを自身の目で見たいと晶は言う。
 「隼人、謁見の申し込みを。」大空様は溜息をついたのちに控えている武官に告げた。彼女がここにきた時点でどうなるかなんて分かっていた。止めても止まらないことも、それが彼女に必要なことであることも。


「お兄様!」

「上手くいくかは分からないからな。」

「ありがとう!」


 さて、王様になんと説明しよう。大空様の溜息は晶の零れ落ちそうな笑顔に掻き消された。王様が許しても、雲雀が何と言うか。彼には晶の世話係の他にも仕事がある。此処を長く離れるわけにはいかない身分だ。城下町に下りていることも気に入っていない彼の耳にこの話が入ればまた面倒なことになるだろう。
 先見の明に優れた大空様の目には猛反対する雲雀の姿が鮮明に浮かんでいた。いや、話の一部始終を聞いていた武官の目にもそれは容易く想像できる出来事で、それにより多大な迷惑が自分にも降りかかることまで隼人は予見している。しかし大空様が止めないのだ。横から口を出すわけにもいかない。


 可愛い子には旅をさせよ。そんな言葉を作ったのはどこの誰だったか。


14.我としてあれ


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