03


 数日間滞在した橙国の城下町を出てから早数週間。XANXUS一行は危機的状況下にあった。


「水、飲みたい」

「酒。」

「男。」

「…う"ぉおい!可笑しいのがあるぞぉ!?じゃあ俺は女だぁ!!」


 金がなかった。何しろこれまでいく先々で丁度いい悪党がいたものだから、そいつらを叩きのめし金品を強奪、おまけに村人には感謝され宿代や飲み食いに金を使うことはほとんどなかった。

 王都周辺の村は兵士の目も厳しく、平和で豊かな村が多い。豊かであればあるほどに、懐の紐は固いものだ。

 何故か着いてきたルッスーリアは情報屋。人々の行き交う町でこそ、情報も、そして情報を得たい人間も多い。もともと共に行動していたわけではない彼が今回こうして共に旅をしているのはただの気まぐれだ。いい男の集まる場所があれば、知らぬ間に姿をくらますだろう。そしてまた、何処からともなく現れるのだ。


「戻る。」

「戻るって…まさか浅利!?」

「ま、仕方ねぇなぁ」


 浅利とはあの城下町の名だ。
豊かな町は金回りがいい。何日か、日雇いで雑用でもこなせば金を得ることができる。大きな町に行けばルッスーリアは喜んで仕事に行くだろう。

 浅利と聞いて喜んだのはベルフェゴールだった。きっと、アキラにまた会えるのが嬉しいのだ。思えば、まだ幼かったベルをXANXUSが拾ってきてからというもの、歳の近い人間と親しくする機会はあまりなかった。アキラのことは珍しく気に入ったようだ。別れの挨拶をしていなかったが、また会えるのならその必要はいらなかった。







「……暇ね。」

「暇なら城へ戻られてはいかがです?」

「彼処はもっっっと暇よ。それに窮屈だわ。」


 陽の高い時間、閑古鳥の店内にはアキラとレヴィしかいない。気を抜くと昔のように敬語に戻るのはこの際仕方がない。夜の営業に向けて、下ごしらえを行うレヴィを横目に退屈そうにあくびをしたのはアキラだった。

 この国の中心であり、この国で一番大きな【家】に住んでいるというのに、姫様はさらなる自由をお求めだ。そんな姫様の独り言が雲雀の耳に入れば眼の色変えて退屈凌ぎと称した稽古をつけられることとなるだろう。もちろん、楽しいのは雲雀ばかりだ。こてんぱにされると分かりきった稽古の何が楽しいことか。負けず嫌いのアキラですら、悔しがれもしない程の実力の差がある。

 暇であるということは、平和であるということでもある。何よりではないか。レヴィにしてみれば何かが起こっているのだとしても、それにアキラが気が付かなければいいと思っている。彼女の力なくとも事は解決し、そちらの方が断然速やか且つ丸く収まるのだ。一つだけ、気に入らないことがあるとすれば、顔も見たくない雲雀に会わねばならぬことくらいだろうか。

 レヴィと雲雀の馬が合わないのも昔からだ。主人への態度は正反対だというのに、主人を守ることに関しては同じくらい真面目に、誇りを持ってその命を全うしようとする。互いに譲れないのはその誇り。目的が同じでも、与えられた役目が違い、そのどちらも欠けてはならぬもの。故に彼らは互いに嫌い合っている。


「そうだ!シマさんのところへ行こうかしら」

「また【裏】へ?」

「【裏】も【表】もないのよ、この国は。」


 相変わらずそこらへんの隔たりに疎いアキラがひらひらと上品に手を振って店を出て行った。姫と呼ぶには些か活発すぎるが、町娘と呼ぶには気品がありすぎる。言動などではない、背筋の伸びた背中や前を見つめるその瞳、すらりと伸ばされるしなやかな腕に、彼女が姫として育てられてきた全てが詰まっている。

 その背中を黙って見送れるようになったレヴィの精神面は、店主として生きるようになってから随分と逞しいものになった。以前はひとりで城の外を歩かせるだけで不安だった。か弱いだけの女性ではなかったが、その旺盛すぎる好奇心故に何に興味を持ち何処に向かってしまうのかレヴィには分からなかった。今もそれは変わらない。彼女はいい意味で城の中のことしか知らずに生きてきて、これからもそうであっても良い人間だった。それが許される人間であって、それを望まれる人間だった。

 彼女は守られるべき人ではあるが、籠の中に閉じ込めて観賞用にしておくには勿体無いくらい、たおやかな女性。それを誇らしく思いながらも不安で目が離せない人。恋慕や愛情とはまた違う形で彼女に惹かれ、これから一生をかけて彼女に尽くしていく彼の眼差しは暖かくまるで親のような色を灯している。


 表通りを歩きながら町人に声を掛けられて挨拶を交わし、些細な日常の出来事をさも大事件が起きたかのように報告される。それを城の生活以外を知らないアキラがとても楽しそうに聞いてくれるので町人達もついついなんでも話してしまう。そんな賑やかな町から一本奥に入れば途端に騒音が遠のいていく。肌を纏う気温が少しばかり下がり目の前は薄暗い道が伸びていく。


「………シマ、さん?」

「よぉ」


 いつもの様に、気怠げに片腕を上げて答えたシマにはいつもの様に人を小馬鹿にした笑顔はない。額に冷や汗を浮かべて動揺を隠せないのはシマの周りを取り囲んでいる若者達だった。

 腕っ節が強い男ではないのは周知の事実だが、それでもこの裏町では名の知れた男であった。若者の面倒見の良さと、何処か余裕のある態度。その男がこうしてたじたじとしている様子を初めて見る若者達の慌てぶりに声を出して笑ったのはアキラだった。


「皆さん、まだこの町にいたの?」

「ししし、帰ってきたんだよ」

「あら、忘れ物?」

「大事なもん(金)がなくてなぁ!」


 大事なものという言葉に首を捻ったのはまたも若者達だけ。アキラはいつの間にかいなくなってしまっていた旅人達にまたこうして会えた事が嬉しくて、彼等が帰ってきた理由はそれ程気にならなかった。シマに至ってはどうでもよかった。突如現れた黒ずくめの男達。裏町に居るような若者とは比べ物にならないくらいの存在感を放ち彼等は現れた。


「当分いられるの?また会えて嬉しいわ!」

「しばらく此処にいるつもりだぁ!」

「此処って、もしかしなくても此処ですかい?いや、いいんすよ、好きにしてください」

「シマさん!?」

「あらシマさん珍しく太っ腹ね」


13. 知らない町と馴染む足音

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