02


 橙国は領土もそこそこにあり、城下町は比較的繁栄しつつある安定し始めた国である。活気のある町と人、他国との流通も行われるようになったのも近隣諸国と上手いことやっている証拠である。

 しかし、城下町から5日も歩けばそこは何処も同じような有様の貧しい村が点々と存在しているだけの国でもあった。王都から離れれば離れるほどその貧しさは顕著に表れる。ここらはまだいい方で、国と国との国境沿いに位置する村は貧しさだけでない、遣る瀬無さと諦めをその胸に抱きながら明日また何も変わらずに1日が過ぎていくことだけを願いながら生きている。


「ボースー!ひどいわ〜城下町にいるって聞いたから行ったのにぃ」

「いただろうがぁ!」

「ちょっと遊んでるうちにいなくなってたじゃない!」

「よろしくやってたんだからいいじゃん」


 城下町には食料の補充などで立ち寄っただけで、これといった用事があったわけではなかった。ましてや、町で悪さを働く輩を懲らしめてやろうだなんていう正義感の欠片も持ち合わせてはいなかったし、年に一度行われているという豊作と国の繁栄を祈る祭りに興味があったわけでもなかった。

 たまたま目に付いた酒屋の酒が気に入った。XANXUSにとってはただそれだけの理由で、あの町に長居をしたまでのこと。その間、ベルフェゴールと、町娘のアキラが変な事件に首を突っ込み暴れることになったり、祭りを見ていけと言われたりしているうちに予定よりも随分と長居をした。

 元々、予定などあってないようなものだった。旅の目的と言えるほどのものはないし、目標もない。良くある、探し人がいるわけでもないしもちろん修行などでもない。スクアーロは半分くらいは剣技を磨く旅だとでも思っているだろうか。しかしそれも半分で、彼のもう半分はそこにXANXUSが向かうからという単純なものだった。彼が旅をやめればスクアーロの旅もそこで終わるし、続けるのであれば何処まででもついていく。それがスクアーロの旅する理由だ。



「やっぱり王都の男は鍛え方が違うわ!」


 くねくねとその肢体をくねらせ追いかけてきたのはルッスーリアという情報屋だ。ルッスーリアは各地を転々としながら情報収集をしている。知らぬうちにXANXUSの男気に惚れたひとりで、特別待遇として設定価格の3割引の金を渡せば情報を渡してくれる。滅多にルッスーリアの情報に頼ることはないが、その情報量と知識は馬鹿にできない程多い。

 金を渡せば知りたいことについて教えてくれる。もしルッスーリアの持つ情報が足りなければ彼の人脈を駆使して調べ上げてくれる。しかし金だけを渡してここまでしてくれるのはXANXUSがいてくれたおかげだった。

 ルッスーリアは色欲の強い男だ。しかも相手も男を好む。彼の情報の入手手段は独特で、色目でもって相手の懐に入り込む手腕を持つのだ。それは男も女も関係ないが、やはり軍事関係の情報に長けているのは彼の好みの男性がそちら方面に多いからだろう。なにせあのXANXUSを食おうとした過去がある男だ。彼は今でもその機会を伺っているのだがXANXUSにその気が全くないのでいつも空振りで終わっている。


「XANXUS様あの町でいいことは起こったかい?」

「酒は美味かった」

「王子は結構楽しめたぜ」

「俺はてめえの尻拭いで暴れただけだがなぁ!?」


 ふよふよと何処からともなく現れたのは小さな赤ん坊。魔術師のマーモンだ。
魔術の類などは一切信頼していない彼らが唯一信じるとすれば彼の存在そのものだろう。昔から何ひとつ変わることがなく在り続けている。宙に浮いたり、急に現れたりするだけでマーモンの予言や魔術を信じようとは思えないが、彼がもう何年も赤ん坊の姿のまま確かに生きているのをその目で見ている。


「この国の王都に向かうといいよ」


 それはマーモンのいつもの予言だった。

 マーモンは時々予言じみた発言をする。あくまで予言、信じるか信じないかは自由である。そのいいこととやらも大から小まで様々であり、何を良しとするのかも判断のつかないところではある。

 今回はたまたまマーモンの発言を実行しても差し支えない距離にいたので、そうしたまでである。結果、数日を過ごした王都にて、何かいいことが起きたのかと聞かれればXANXUSは酒がうまかったとしか言えなかった。なかなか気にいる舌触りの酒に会うことはない。それだけでもあの町に顔を出してよかったとするべきだろう。その他には心当たりがない。

 ベルフェゴールは歳の近いアキラと知り合って、何やら一緒になって面倒事に首を突っ込みそれなりに楽しんだようだ。しかしそれをいいこととして数えても良いものなのかいささか疑問ではある。


「アキラは最後まで顔見せなかったな〜薄情者め」

「………」


 出会いというにはあっさりとしすぎていた。

 しかし、その名に対する違和感を拭えずにいるのはXANXUSただひとり。アキラであってそうでない者。あの女が何者であろうとXANXUSにとって何の支障になることもないが、ひとつ心残りがあったとするならば違和感の正体を突き止めたいと思ったことくらいだろうか。


12. 真も実もまだ箱の中


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