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 久しぶりにアキラの姿が町にあった。

 漸く雲雀の許しが出たのだ。普段下ろしている髪の毛を結い上げ、町娘の格好に身を包めばこの町に気まぐれに顔を出す娘、アキラになる。

 一国の姫君でもある晶がこうしてひとりで町を出歩き始めたのはもう何年も前のことになる。それこそ最初は紅晶様のお忍びとして顔を布で隠し、隣に雲雀やまだ兵士だった頃のレヴィを連れて町を視察していたのだ。

 しかしそれでは晶の知りたいことは何一つ分からなかったのだ。晶はこの国に住む人々のありのままの生活ぶりが知りたかった。同じ目線でものを見たかったのだ。

 町の暮らしは王宮の中しか知らなかった晶にとって未知の世界。驚きに満ち溢れていて刺激的だった。同じ国であるはずなのに王宮を一歩出ればまるで違う世界が広がっていた。時間の流れも町の方が随分と目まぐるしく回っている。ころころと移り変わる世界をその目で見て、この国の民である人々と言葉を交わし、笑い、怒り、悲しむことのできる方法。それが町娘アキラの誕生だった。


「いらっしゃい、随分と久しぶりだな」

「ちょっとね?相変わらず賑やかなお店ね」


 晶は店主としてのレヴィが好きだった。兵士だった頃も今も、どちらもレヴィであることには変わりないが、兵士だった頃のレヴィは絶対に晶の隣には並ばずに一歩後ろを付いてくるし、話すときは頭を垂れ跪き堅苦しい敬語が抜けないのだ。それが当たり前なのだと言われればそれまでであるし、そうされる立場にあるのだから仕方がないといえば仕方がないことだった。それでもお目付役の雲雀は堅苦しさのない態度で接してくる。彼のようにとは言わないが、もう少し砕けてくれても良いのにと常に思っていた。

 レヴィには感謝している。我儘に付き合わせている自覚はある。我儘なんて可愛いものではない、彼の兵士としての人生を終わらせてしまったのは紛れもなく晶自身だ。紅晶様としてレヴィに命じた最後の命令。

 兵士レヴィの名を捨て、城下町の民として生きよ。

 晶はその時のことを今でもはっきりと覚えていた。紅晶として告げたのだ。彼が断ることがないことを分かっていた。だが彼ならこの望みを叶えてくれると信じていた。やらされて仕方なく行うのではなく、全うしてくれると思えたから頼んだのだ。雲雀ではこうはいかなかったであろう。レヴィにだから頼める任務だった。

 レヴィの店主ぶりもすっかり板についた。未だにふたりきりになると敬語に戻ってしまうが、それでも兵士でいた時よりも随分と砕けたものだと思う。目を見て話をしてくれる。レヴィの表情や発する言葉の中にアキラに対しての感情がきちんと乗っかっているのだ。

 ぐちぐちと小言を言われることもあるし、無茶をしすぎると睨まれることもあった。本気で叱り、本気で心配してくれる。そしてそれを店主レヴィとしてアキラ本人にぶつけてくれる。

 紅晶様とレヴィでは成り立たなかった関係を、アキラとレヴィとして築くことができた。それは嘘や偽りではない信実だ。


「あの旅人さん達はもうこの国を出て行ってしまったかしら」

「そういえば祭りの日に店に来たっきり顔を見せてないな」

「…そう。行ってしまったのかもしれないわね」


 人を寄せ付けまいとする存在感の中に、人の目を釘付けにする魅力を同居させている人達だった。強い者が発する自信に満ち溢れた佇まい。ひけらかすのではない内から溢れ出るそれがアキラの興味を引いたのだ。

 祭りの日の夜にでも閑古鳥へ顔を出そうと思っていたのだ。王族としての祭り事を終えた後、アキラとしてここで彼らと楽しもうと思っていた。しかしそれが叶うことはなく、別れの挨拶もできないまま彼らは旅立ってしまったようだ。

 結局、紅い目の男とは言葉を交わすこともなかった。あの時のお礼をまだ言えていないというのに。それどころかアキラは彼の名前すらも知らずにいた。しかし、こちらも本当の名前を明かしていない身。彼のことをベルやスクアーロはボスと呼んでいた。晶が町ではアキラと呼ばれているように、彼には彼の名前があるがあのふたりがボスと呼び慕うのならそれでいいのだろう。


「最後に挨拶くらいさせてもらいたかったな」

「お転婆が過ぎるから大事なところでへまをするのだ」

「店主さん?酷くない?」

「いいや、今日は言わせてもらうぞ!」


 レヴィの小言が始まった。ねちねちねちねち、そう言えばあの時も、この時もと出てくる、アキラとして町を駆け抜けてきた日の出来事。レヴィは小言を言いはじめると過去のことを引っ張り出してくる粘着質体質なのだ。

 客は、また店主とアキラが喧嘩を始めたぞと囃し立てる。大きな声で人目を気にせず言葉を発し、大きな口を開けて涙が出るほど笑い、ころころと表情を変えても此処は受け入れてくれる。


11.うせもの仮称

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