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「紅晶様!紅晶様ぁ〜!」

「なんの騒ぎ」

「あっ隊長、それが紅晶様が…」


 城中を走り回って紅晶様の姿を探し回ったのであろう兵士は額の汗を拭いながら雲雀へと敬礼をする。
そもそも警備用の装備を身にまとった姿で彼女を追いかけ回すなど無理な話である。

 彼女は好奇心の塊で常にじっとなんてしていられない性格なのだ。王族の女性にしては珍しく活発な性格をしており、王妃様よりも王様に似てしまわれた。その点、兄である大空様は昔からのんびりとしていて武芸よりも本を読む方が好きな子供だった。

 性格の全く違う兄妹はそれでも仲が良く、共に学んで共に育ってきた。小さい頃は武芸の稽古でよく大空様を泣かせていた紅晶様のすばしっこさは今も健在である。


「外には出てないね」

「はい。本日は警備を厳重にしておりますので」

「気は抜かない方がいい。あの人のことをお姫様だなんて思わないことだね」


 とんだじゃじゃ馬娘に育ったものだ。まさか自分が鍛え上げた成果が裏目に出てしまうとは雲雀も思わなかったのであろう。
紅晶様ももういい大人だ。隣国の姫達は国のため、王族のために嫁いでいる。そんな年は何年も前に過ぎたと言うのにこうして下っ端の兵士相手に本気でかくれんぼをする姫がいてたまるものか。







「なぁ晶、この部屋にいるのやめない?」

「そうですよ紅晶様。そろそろお部屋に戻られた方がいいかと思います」

「お兄様はともかく何故隼人までそんなこと言うの?私がここにいたら困ることでもあるの?」

「えぇ、たくさんあります。大空様が仕事をしません」

「それはいつものことでしょう?」


 紅晶様もとい晶は兄の部屋にいた。
何人かの下っ端兵士を相手に王宮内を駆け回り、飽きたところでここに顔を出したというわけだ。ここまでは流石に兵士達も追いかけてこないし兄は受け入れてくれる。話し相手を買ってでるふりをする兄と、そうと知っていて顔を出す妹に頭を抱えているのは補佐官も務める隼人だった。

 そして晶がここにいるということはまもなく彼がやってくるということでもある。騒がしい人間ではないはずなのに彼が来て去った後は、嵐が過ぎ去ったような疲労感があるのだ。要するに相手をしたくなくて巻き込まれたくもない。
大空様が退出をほのめかしたのが何よりの証拠だ。きっともうすぐやってくるに違いない。大空様の嫌な予感は必ず当たる。


「やあ、じゃじゃ馬姫とうさぎ王子」

「来やがったな、雲雀」


 苦い顔をしたのは獄寺ただひとり。
人畜無害な柔らかい微笑みを浮かべる大空様と人懐っこい笑顔を浮かべて雲雀を迎え入れる紅晶様。雲雀のいうじゃじゃ馬姫とうさぎ王子というのがなんともしっくりと嵌る顔だった。

 雲雀はよく大空様のことを草食動物だと評する。その度に隼人は食ってかかるが本人は気にしていないどころか少しばかり気に入ってさえいるのだ。うさぎ、いいじゃないか。肉食動物だらけではいつか絶滅するのだ。草食動物は草食動物なりの生き方がある。


「恭弥もう来てしまったの?少し早いわ」

「大人しくできないなら椅子に縛り付けてあげようか?」

「充分大人しくしてるじゃない。城から一歩も出てないわよ」

「自業自得だよ。散々好き放題やったんだからあと数週間は閉じこもってもらいたいくらいだ」


 事の発端は数日前に遡る。
雲雀の率いる特殊部隊に隣国の悪徳行商団の情報を流したのは閑古鳥の店主レヴィだった。


「晶様が捕まった。出動しろ」

「出動しろ?酒屋の店主が誰に物言ってるんだい。」

「晶様にもしものことがあったら貴様のその首斬り落として晒し首にしてやるぞ」

「そっちこそ、側にいるならちゃんと見てなよ。あんまりあの人のこと甘やかさないでよね。」


 行商団の根城だと報告された使われていないはずの空き家には確かに大量の装飾品と大勢の外国人の姿。しかしそこには晶の姿はおろか意識のある人間はひとりもいなかった。自分達がくるよりも先にここでひと暴れした者がいる。
屋敷に残る刀傷と切られた縄の綺麗な断面。刃物を扱う人間が少なくともふたり、この人数を相手にしたとなればもう少しいてもおかしくはないだろう。

 気にくわない相手に出動命令された挙句、暴れることもなく後始末をさせられた雲雀はすこぶる機嫌が悪かった。そこにやってきた追加指令。


「納屋の装飾品を全て回収せよ。」


 じゃじゃ馬姫、紅晶様からの命だった。
その後回収された装飾品は石のみを外し大きさを均等に加工、そしてあの祭りで町人にばら撒かれたのである。


「この歳になって外出禁止令だなんて恥ずかしいわ」

「恥ずべき所を間違えてるよ。いい歳していろんなところに首を突っ込むから怪我なんかするんだ。」

「怪我!?」


 今回のことで怒った雲雀が外出禁止令を出したのだ。お目付役はこういう時の為の権力となる。
まったく反省していない様子の紅晶様への腹いせに、兄の前で怪我の事を口にしてやったのはささやかな抵抗である。思った通り全てを聞き流していた大空様が食いついてきた。


「晶?怪我って何?」

「お兄様目が笑ってないわ」

「怪我って何?」

「〜〜っ恭弥!怪我なんて大げさよ!?ちょっと縄で擦れただけじゃない」

「………縄?」

「あっ、」


 うさぎのような可愛らしい笑顔を貼り付ける大空様の目が逃しはしないと言っている。普段温厚な人間が一度怒ると大変恐ろしいのである。







「お兄様に告げ口なんて酷いわ」

「酷いのは君の方だよ。いつの間に腕の立つ部下を集めたんだい?」

「なんのこと?」


 祭りの日レヴィの店の軒先にいた黒づくめの男達。一目見て只者ではないと感じ取ったのは雲雀も同じだった。人混みに紛れ込む事のできない圧倒的な存在感。紅晶様を助け出したのは奴らに違いない。そう確信したからこそひしひしと伝わってくる探るような、刺激してくるような視線に対抗してやったのだ。
レヴィ共々そこから眺めていればいい。紅晶様を守るのは自分だ。そんな牽制を含めた視線を送ってやったことを晶は知らない。


「彼らは旅人よ。部下なんかではないわ。どちらかといえば友人よ」

「友人ね、貴女が何者であるかも明かしていないのに友人だなんて呼べるの?」

「彼らが何者かだって知らないもの。あの方達は私が町娘アキラとして出会った友人よ。それではいけない?」


 そもそも雲雀は紅晶様が町娘に扮して城下町に下りること自体反対なのだ。好奇心旺盛、じゃじゃ馬、加えて正義感も強くこの国の民のことを無条件に愛している。王族の鏡のようなお人だが、国のためを思っても、国のために実際行動するのは男達の仕事だ。女性である紅晶様は本来そんな国のため、王のために働く男性の心の支えになってやることが仕事のはずだ。

 レヴィに町の飲み屋の店主をするよう命じたのも彼女の仕業だ。雲雀にとって口うるさい男がいなくなったことについては喜ばしいことであったが、実際は町の動向を探らせるための密偵。それを当時紅晶様付きの護衛団の長を務めていたレヴィに任せたのだ。
レヴィもまた長を務めるほどの実力がありながら今では町に溶け込んだただの店主を演じている。彼の輝かしい功績も実績も全て破棄され、兵士だった記録すら残されていない。それを受け入れたのは他でもない、紅晶様の頼みだったからである。


「あぁ、早く町へ行きたいわ」

「そんなにあの男が恋しいの」

「閑古鳥は結構繁盛しているのよ。恭弥も今度いらっしゃいよ」

「行かない」


10.勲章を捨てよ


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