09




 いつもは昼と夜とで主役の変わるこの城下町も、今日という日だけは昼も夜も裏も表も関係ない。昼間から騒ぎ、商売を忘れ、豊作とこの国の繁栄を祈る祭り。

 祭りはきっと楽しいはずだからと言ったのはアキラだった。この町にいつまでいるのか決めていないのなら是非祭りは楽しんでいって欲しいのだと。
元々、あてもなくふらふらと旅をしている集団だ。何処にいつまでいるのかはボスであるXANXUSの気まぐれだった。

 だいたいいつもはもう少し王都から離れた寂しい村に寄るのだ。そこにいるごろつきが目障りでちょこっと捻れば村人に感謝され、そのお礼に村の酒をありったけ飲み干して追い出されるように次の村へと向かう。それが常だった。別に人助けがしたくて厄介者を追い払ってやっているわけではない。自分達が少しの間この村に滞在するのに、目障りな奴がいる。だからぶっ飛ばす。そんな具合でやってきた。


「ありがとな!兄ちゃん達!」

「3年は来なくていいぞ!もう村の酒がない」

「3年後なら構わねえってのかぁ?」

「まぁ、3年も経てばまた少し酒をくれてやってもいいさ」


 そんな具合でたまに顔を出せば酒をくれる村がいくつか出来た。一度も顔は出してないが。感謝される筋合いがないと言えばそれまでだが、当人達が何処の村で何をしたのか正直よく覚えていない所為もある。自由気ままとはよく言ったものだ。


 祭りの日、普段は夜しか開店しない閑古鳥も今日は昼前から営業している。名ばかりの閑古鳥は今日もそこそこの賑わいを見せており、店主のレヴィは忙しそうだった。
 閑古鳥に顔を出せばアキラに会えるものだと思ってやってきた3人を見てレヴィは意外そうにしながらも笑ったのだ。


「すみませんね。アキラなら今日は来ないはずだ」

「アキラってここの従業員とかじゃねーの?」

「いや、あいつ席に座って飲みもん飲んでるだけだろぉ」


 スクアーロの言う通りだった。
アキラは別に店の従業員というわけではなく、かと言って客なのかと言われたらそれもまた違う。彼女はどちらかと言えばレヴィに会いにきているようなものだから。

 こういう店の忙しくなりそうな日は手伝いを買って出そうな性格だと思ったが、案外薄情な部分もあるらしい。もしかしたら本人は今日の祭りを楽しんでいるのかもしれない。


「アキラいねーのか。あれから会ってねぇな」

「なんだベル。おまえあいつに惚れたかぁ!?」

「なぬ!?」

「なぬ!?じゃねーし、そういうんじゃねーし!これだから年寄りは!すぐそういう話にしやがる」


 レヴィとアキラの関係がいまいちよく分かっていない3人にもその過保護ぶりは目に余る。兄妹や親戚とも違う、ただの店主と町娘にしては信頼し合っている。妙な距離感のふたりが気になるといえば気になる。

 年寄り呼ばわりされたレヴィとスクアーロはふたりして心外であるといった顔だが、歳の近い男女が仲良くなるとすぐこういう噂を立てたがるのはやはり世話好きなおばさんか下世話なおやじのどちらかだ。


 アキラが閑古鳥に居れば町でも案内させようかと思っていたのだが居ないとなるとさてどうしたものか。祭りを楽しむといっても、この町とはなんの関係もない彼らが楽しめるようなものは食べ物くらいだろうか。町の中心では歌や踊りを披露する者やそれを見て楽しむ者達もいるが、そういったものを楽しむような性格をしている彼らではない。


「もうじき祭りの主役が登場なさる。そのあとはもう好きに騒ぐだけだから、お前さんらも中へ入って一杯やるといい」

「この祭りの主役?」


 陽が傾き始め空が橙色へと変化していく。この色はこの国の象徴色であり、王家とは縁の深い色でもある。暖かみの感じられるその色を国の色として、国の名として掲げてからというもの、全てを包み込む夕焼け空のような王がいつか現れるのだと言われてきた。

 現王の息子である大空様はその名の通り大空のように全てを包み込む星の元に生まれたお方だ。お導きの力も強く、次期王として申し分のないお方なのだと小さい頃から言われてきた。


 豪華な神輿が町に到着したのは空が橙色一色に染まった頃だった。
先頭の神輿に王と王妃の紅明様、そしてその後ろに大空様の乗る神輿がある。神輿の両端をそれぞれ側近を務める武官が固め物々しい雰囲気ではあるが、町の人たちは滅多にお目にかかることのできない王家の方々の登場に目を輝かせていた。

 大空様の後ろにはその後何十もの神輿が続く。今日は王家のものは皆ひとりひとり神輿に乗っているのだそうだ。
亀より遅い速度で進んでいく彼らは時より町人の声に手を振り応えてやる。


「なんで女はみんな布被ってるわけ?」

「お前も似たようなものだろう?」

「俺のは理由があんの!この美しい髪と神秘の瞳を見たら最後、石になるじゃ済まねーぜ?ししし」

「王家の女性は容易くお顔を見せないものなんだそうだ。本名すらも知らない方が多い」


 いくら国の祭り事だと言えども何があるか分からない。王や大空様の両脇以上に兵の数が多いのはそういうことなのかもしれない。中でも一際目を引いたのが大空様の2つ後ろの神輿だった。女性の神輿の中では1番先頭であるということは、つまり王家で王妃様の次に権力のある女性だということになるのだろう。

 薄紅色の布の奥は残念ながら見れそうにないが、右へ左へと顔を向け町人へと手を振るのを止めることがない。裾から伸びる白くて細い腕が、彼女がまだ若い女性であるということを物語っていた。

 そんな位の高いのであろう人の神輿を護衛するひとりの男。鋭い瞳はただ前だけを見ているというのに何者も近寄らせないとする強い意志が感じられる。
町人達はその男をあまり気にすることなく神輿の女性へと手を振り、その方の名を呼ぶ。


「…あいつ、面白いね」

「あの神輿の方のことですか?」

「いや、男の方だなぁ!あいつは気が違ってるぜぇ!」


 旅人達は神輿の女性よりも護衛の男の方が気になるらしい。その男、雲雀恭弥はこの国随一と呼ばれる武術の達人であり特殊部隊の長を務めている。そしてそんな男がたったひとりで護衛している異様な神輿の中には恐らく大空様の妹、つまり王女様が乗っているはずだ。彼がその方のお目付役なのは国中の誰もが知っていることだった。

 大勢の兵士に囲まれるその他の神輿よりもたったひとりの男が守る神輿のほうが安全だということなのだ。雲雀という男は絶対の信頼と強さを兼ねそろえている。


「あぁ、特殊部隊の長、雲雀です。彼は目が合えば殴りかかってくるような野蛮な人間ですので間違っても近寄らないようにお願いしますね」

「どれぐらい強い?」

「お願いですやめてください。止めようとした者の中に死者が出てしまいます」


 血の気の多いのはこちらだけではない。雲雀もなかなか血に飢えた者のようだ。似た者同士、ただならぬものを感じ取るのかもしれないが、本当に死人が出てしまう。両者ではなく周りに被害が出ることの方を懸念して、レヴィは口を酸っぱくさせて止めた。


「ーー様ぁ!ーー様!」


 神輿を追いかけるようにして共に歩く町人達の声が、閑古鳥まで聞こえてくる。
そして何やら歓声のようなものまでも湧き上がり興味をなくした王族の列へと再び目を向けた。そこには王女様の乗る神輿に群がる人々と、たいそう不機嫌な顔をした雲雀の姿。


 王女様が空へ何かをばら撒いている。町の者達はそれを拾っているようだ。橙色の空に照らされて輝く何かに見覚えのあったレヴィは目をぎょっとさせてそちらを見つめている。


「紅晶様ー!」

「紅晶様ぁ!!」


 XANXUSは生暖かい風が頬を撫でながら吹き抜けていくのを少し煩わしく思いながら、喧騒の中の人を見た。
一瞬、こちらに向かって手を振ったような気がしたのは何かの見間違いだ。


09.二人の間の全休符

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