08


「うちのカスと、……ついでにそこのドカスを返してもらう」


 とても静かな登場だった。
 扉を突き破るでもなく、もちろん暴れながらでもない。納屋の立て付けの悪い扉は元々半分程開いた状態で、それをきっと律儀に横へとずらして入ってきたのだろう。それにしてはとても静かだったなぁ、と髪を引っ張られながら思ったのだ。


「ボスー、待ってたぜ」

「ドカスが」

「しししっ」


 ボスと呼ばれる紅い目の男は身動きの取れる状態のベルが無傷であることを確認すると、溜息でも吐き出しそうなほど呆れた様子でドカスと一言。
褒めているわけではないであろうその言葉を聞いて尚、嬉しそうにするベルが不思議だったがきっと彼は紅い目の男がこの場に来てくれたことが嬉しくて仕方がない様子だ。待っていたと告げた彼は、こんな危機迫る瞬間に本当に男が来ると思っていたのだろうか。だとしたら相当信頼を置いていることになる。


 紅い目の男にはその場を支配する存在感があった。


 アキラの髪を一房、今まさに錆びついた小刀で切り落としてしまおうとしていた男ですら、唖然とその男を見つめていた。
その隙をついて自身の背中で男を突き飛ばし、ベルの目の前に立ちはだかったのはアキラだった。


「っ、この!」

「アキラ〜おかえり」

「何呑気なこと言ってるのよ!貴方のボス強いんでしょうね?」


 いつの間にかベルの手首には縄がなかった。小刀でも持ち歩いていたのか、すでに切り落とされている。ベルを行商人達から隠すように立ち塞がったアキラの手首にはまだ縄が巻かれたままだったが、後ろからそっと手首を掴まれ圧迫感が消える。
 赤くなってしまっているであろう手首を撫でられ、ぴりっとした刺激が走る。青あざを作ると必ず押してこようとしてくる人がいた。足が痺れたのだと伝えればそこを突こうとしてくる人がいた。そんな悪戯心とは違う、少し申し訳なさそうなその手付きにアキラは振り返ることなく自由になった手でベルの掌を包んでやった。

 謝罪がしたいのかもしれないと思ったからだった。
 ベルの口から謝罪の言葉が出てきたらアキラはその言葉ごとそっくりそのままお返しするつもりでいる。何度も言うが元々彼は協力者。巻き込んだのはこちらの方で、そしてひとりであったなら今頃は髪が短くなっていたかもしれない。だから謝罪したいのはこちらのほうだった。

 同じように手首に赤い跡ができてしまっているであろうベルの手は、アキラより少しだけ大きくて、そして冷たかった。


「アキラっ!!」

「レヴィ!お店は?」

「そんなことどうだって…!あぁ!手首に傷が!?それに髪もぐしゃぐしゃ…」


 その後、納屋までやってきたスクアーロとベルによって男達は気絶させられた。ボスと呼ばれ、威圧感も一番の紅い目の男は結局何も手を下すことなくこの場を納めてみせた。それがこの男の実力。居るだけでこの場を支配してみせるその存在感。彼が信頼し、彼をボスと慕うふたりがことを起こす。


 この地域を統括する警備隊に連絡を入れたレヴィが駆けつけた頃には、縄でぐるぐる巻にされた男達がそこらへんに転がされているという可笑しな状況に落ち着いていた。

 アキラの髪は、男を突き飛ばした際にやはり少しだけ刃が当たり擦り切れていたようだ。切り口の鈍い刀のせいで切れた部分が縮れている。
貴族の娘に扮するためにレヴィが用意した召し物や髪飾りもくたびれてしまっているが、彼が一番に心配したのはやはりアキラの身の安全だった。

 手首に傷があることに発狂し、最後に少し切られた髪の毛を撫で付ける。
まるで心配性な父親のようだ。


「おなごの髪を切ろうとするとは…どこのどいつだ」

「もうレヴィ!整えれば大丈夫よ。それよりお店をほっぽり出してきたの?もうすぐ忙しい時間帯でしょ」

「……今日は定休日」

「そんなのありません」


 項垂れるレヴィの背中を押しながら励ましの声をかける。励まされ、慰められるべきはアキラの筈だが、本人よりも何故かレヴィのほうがこの件に関して胸を痛めたようだった。

 軍の者が来てしまうと色々と聞かれたり面倒なことが多いから、早くここから退散したいのだと言うアキラに旅人達3人も頷いて大人しくこの場を去る。
見るからに正義の味方ではなさそうな自分達の出で立ちと、町の酒場の店主と町娘という組み合わせはどう説明したって長くなることだろう。







「隊長、納屋の中に大量の装飾品が…!窃盗品でしょうか?」

「全て押収して」

「隊長!!!」

「今度は何」


 連絡を受けてここに駆けつけた頃には行商人達はこの有様で、そしてそれ以外は人がいなかった。屋敷の中は何かしらの抗争の跡があり柱には刃物で切りつけたような切り傷が多くあった。

 納屋にも2人気絶させられている男がいたが、ここにはきっと誰かしらがいたのであろうということが分かる。長さの違う2種類の縄が鋭利な刃物で綺麗に切られているのを見つけた。切り口が鮮やかで繊細だった。
押収した武器の中にここまで綺麗な切り口を作れる刃物はない。誰かが捕まっていて、そして無事に逃げたということだろう。


「納屋の装飾品を全て城内に運び込めとのことです」

「誰から」

「……それが、その…」

「どうせあの人でしょ。あまり勝手なことすると僕も黙ってないからって伝えておいて」


 そんなこと一介の兵士が伝えられる筈がない。ただ今ここで口答えをしようものならそれもそれで命が危ない。兵士は無言で立ち去った。賢明な判断だったと評価されるだろう。


8.無音の証明

prevtopnext


- ナノ -