03


「並盛神社に新たなリング反応がふたつ、それもランクA以上のリングです!」

「ということは、γと交戦中かしら?」


新たなリングの反応に驚いていたのはどうやら草壁だけのようだ。
そんな草壁も、ふたりの落ち着いた様子からこの状況の何かしらを【知っている】とみて、あえて何も言わなかった。こういう察しのいいところが、彼が長年雲雀の右腕としてやっていけてる理由だろう。







能天気な山本を下がらせて自分ひとりでγと向き合う。奴はブーツに炎を灯していて空中を自在に動き回れる。厄介だが俺の技ならある程度距離があっても問題ない。いざとなったら、この前みたいに炎を吹き飛ばして無効化し落ちてきたところを叩けばいい。

そんなシュミレーションも脳内で行い、この時代で手に入れた匣兵器をぶっ放した。


「電磁バリア、だと……?」


俺の嵐の炎は、奴の雷の炎に相殺されていた。匣兵器を使うわけでもなく何か盾があったわけでもない。指輪から出した炎が直接俺の炎とぶつかり合って消えた。指輪にはそんな使い方もあるのか。戦いにおいて知識のなさは命取りだ。何事も知識からつめ込むタイプの俺にとってはこの知識のなさっていうのはでかい。

初めて目の当たりにする属性に指輪の使い方、そして無限大の可能性を秘めた匣兵器。何が出てくるか何が起こるのか予想もつかないパンドラの匣。
焦った俺は、γの攻撃を避けるためなんの策もなしに動いてしまった。


「てめ……何の…マネだ」

「お前の腐った根性叩き直しにきた。どーにも腹の虫がおさまんねーからな」


俺が吹っ飛んだのはγの攻撃を避けきれなかったわけではなく、さっきまで静観していた山本があろうことか竹刀でぶった切ってきたせいだった。


「お前日本に来てツナに会うまで一匹狼で誰も信用してなかったんだってな。だからこそ初めて心を開いたツナに誠実なのはわかる気がする。だけど、ツナにしか心を開かねーのはツナへの押し付けにしかなってねーぜ」

「なっ、何言ってやがる!てめー!!」

「だいたい!右腕ってのはボスが一番頼りにする守護者のリーダーじゃねーのか?守護者をまとめてひっぱってかなきゃなんねー奴がそっぽ向いてんじゃ話にならねぇ!
今のお前に右腕の資格はねーよ。」


山本に対して負け犬のように吠えることしかできなかったのは、全部が言う通りで、それが正論で、そして何より10代目もきっと同じように俺を叱るだろうと思ったからだった。

ヴァリアーとの戦いで、10代目の為なら命を捨てる覚悟を持ってあの場に立った。それが俺の忠誠の示し方だったし、それが俺の覚悟だった。
ただ、10代目が望んでいたのはそんなことじゃなかった。


友達が傷つくところは見ていられなくて、争いごとが嫌いで、何よりお優しい方。
俺はそんな10代目を慕い、ついていきたいと思ったのに。


俺の小さすぎる世界は自分と10代目だけで回っていた。もちろん世界の中心は10代目。俺の世界の主役も10代目だ。
そんな狭い狭い世界の中に、いつの間にか10代目に引き寄せられてたくさんの人が入って来る。俺はそれを見ないふりをしてきたんだ。

なにに怖がって、なにに焦っているのか。

これ以上世界が広くなっていくのが怖くて、必死に寄せ付けないように拒絶した。


それなのに、俺の中にズカズカと土足で入り込んでくる奴がいる。


俺に変わってγと向き合う山本は、あろうことか電撃を帯びた球を斬るつもりで刀を変形させた。
助ける義理はなかったはずなのに。勝手に動いた体が山本を突き飛ばす。


「獄寺っおまえ!!」

「感電して死にてーのか!おめーが死んだら10代目が悲しむだろーが!」


そう。俺達のどちらが死んでも10代目は悲しむ。そしてご自身を責めて苦しむだろう。

俺たちは一度ずつ死んでいた。

ひとりだったらな。

そして悔しいがひとりではまだこいつを倒すことはできそうにない。


「いつまで寝てやがる山本。連携であいつを叩くぞ」

「あぁ待ってたぜ!」


もう、拒絶したくらいじゃ出ていかないくらい俺の世界に住み着いてる奴がこんなにいる。

そんな少しだけ広くなった世界も、捨てたもんじゃないのかもしれない。







「ヒバリ!ヒバリ!」

「あ、ヒバード」


並盛神社の入り口に小さな伝令係はいた。

発信機のバッテリーが切れる際の警告音をきちんと聞き取り、その場で待機をしたのだ。なんとも賢い鳥である。

ヒバードは少し誇らしげな顔をしながら、雲雀の肩へと止まった。そんなヒバードを撫でてやる雲雀も、普段からは想像ができないくらい優しい顔をしていた。

ヒバードは雲雀の肩が大好きだった。頭の上に乗ることもあるが、バランスを取るのが難しくてお互い気を使うので肩にちょこんと止まるのだ。そうすれば雲雀は肩が揺れないように静かに笑って小さな頭をちょんちょんと撫でてくれる。それが嬉しくて誇らしくてヒバードは必ず言いつけを遂行した後、雲雀の肩へと報告にやってくる。


「久しぶりだな……並盛」

「奥の森で戦闘がおきてる」

「僕の並盛で好きにはさせないよ」


林の方から僅かな煙と炎の気配を感じるものの、あたりは戦闘中とは思えない静けさだった。
内ポケットから3つ程のリングを取り出した雲雀は確認もせずに適当に指にはめる。

パタパタパタ、鳴き声もあげずにヒバードが雲雀から離れたのはちょうど彼が匣に手を伸ばした時のことだった。動物だからこその本能なのだろうか。じわりじわりと視認できない雲雀の不機嫌メーターをきちんと察知して静かに離れたヒバードは、彼の頭上で2回ほど大きく旋回してこの場を去った。



遠目に締め上げられている人影を確認した時には、雲雀の匣兵器が既に発動し突っ込んでいくところだった。


「君の知りたいことのヒントをあげよう。彼らは過去から来たのさ」

「何やらあんた詳しそうだな……だが、ドンパチに混ぜて欲しけりゃ名乗るのがスジってもんだぜ」


林の中にいたのはやはり電光のγだった。
そして力なく倒れているのはボンゴレ嵐の守護者・獄寺隼人と、雨の守護者・山本武。しかしふたりとも随分幼くそして弱かった。

その幼すぎる容姿とあるはずのないボンゴレリングに疑問を持つのは、敵でなくても当たり前のことだったのかもしれない。
その答えをあっさりと教えた雲雀は並盛で起きた一悶着にどんどん機嫌が悪くなる。


「エミさんここは…」

「えぇ。ふたりを邪魔にならないところに移しましょう。」


10年前にザンザス率いる独立暗殺部隊ヴァリアーと、沢田綱吉率いるのちの10代目ファミリーがボンゴレリングを賭けて戦ったことは有名な話であった。当時、素人も同然で中学生が大半を占めた沢田綱吉側がヴァリアーに勝ったというのは今考えても奇跡に近いような出来事で、世間はたいそう驚いた。しかし当事者の彼らは、あの日の出来事を多くは語らなかった。エミは、不思議には思いながらもなるべくして負けたのだと妙な納得感も感じていたし、今となってはこれでよかったのだと思っている。


そんな大切なボンゴレリングを砕いたのは2年程前。ボスである沢田綱吉が言い出したことで、周りの猛反対にも耳を貸すことはなく、彼が自分の意見を曲げずに貫いた最初で最後の盛大なわがままだった。


「ふたりともこんなに小さかったのね」

「エミさん?」

「ふふ、何でもないの」


意識のないふたりを見つめるエミは、とても優しい顔をしていたように見えて。
そんな場違いな表情を不思議に思った草壁も、遠くから駆け寄ってくるずいぶん若く可愛らしい10代目に意識を持っていかれてしまったのだった。


「獄寺くん!!山本!!」

「大丈夫です。命に別状はありません。」

「遅かったじゃない綱吉」

「あっ、え!?エミ…さん!?」


駆け寄ってきた10年前の沢田綱吉は、倒れている獄寺と山本に顔を真っ青にさせた。
そしてその場にいたエミに気付くと目を見開いて驚いたのだ。叫んだり驚いたり忙しい彼に、やはり優しく微笑んだエミは、まるで我が子を見守る母親のようだった。


守るべきは小さな世界


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