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草壁の声に振り返ることも答えることもなく静かに立ち去る雲雀の足取りに迷いはない。

彼はいつも前をしっかりと見て、自分の足で一歩を踏み出せる人だ。ボンゴレリングの争奪戦の時も、私と出会った屋上の時もそう。
勝つ、負けるという結果の前に、大前提として戦いたいという欲求が存在している。ただの戦闘狂に変わりないが、自分の意思をしっかりと持っていて、それが彼の強さに変わることは間違いない。

自分の意思はないのかと問うてきたのは、あの雲雀よりも10も若い彼。
何も答えられなかった私。
私は今も答えが見つけられないままだ。

ヴァリアーリングに炎が灯せないのもそういうことなのかもしれない。自分自身について何も分かっていなかった。何がしたくて何を望んでいるのか。分からずに強さだけを求めるのは傲慢だ。

小さい頃からザンザスの背中ばかりを追いかけて、夢や希望を彼に全て背負わせてしまった。彼の存在を生き残る理由にしてしまった。
8年待った彼はちゃんと帰ってきて、自分の野望を今度こそ実現させるために戦って、負けた。ザンザスの夢は、私達の夢は、ひとつ終わったのだ。
生かされた私達は新たに始まらなければならない。10年後も共にあるために。







「リボーンさんの話では先に向かった彼らは皆バラバラにされてしまったようですね」

「何処に誰がいるのか分からないのならひとまず最終目的である入江正一の元へ向かいましょう」


幻覚汚染による気持ちの悪い感覚は一瞬で消えていった。視界が揺らぎ、心と身体が分断されていくような感覚。

失くしてはいけないからと草壁にチェーンを用意してもらい首から下げていたはずのシルバーリングは右手の薬指でキラリと輝いていた。この指輪のおかげで幻覚に弱い私でもこうしてまともに動いていられるらしい。
そういう役目のあるものなのだと最初から教えてくれていたのならきちんと指に嵌めていたというのに。随分と意地悪な渡し方をされたものだ。

未来の私は苦手を克服できなかったようだ。訓練をしてどうにかなるものなのかどうかも今の自分には分からないことだった。10年前は限られた特殊な人間のみが扱える不思議な力であったはずの幻術が、炎とリングというアイテムのおかげで波動が合いさえすれば幻覚を生み出すことのできる人間が増えた。

カモフラージュや揺動に幻術を用いることも多くなり、敵としてだけでなく味方にも幻術使いが増えたのだろう。確か雲雀も霧系のリングを持っていた。
きっとこの指輪にはマーモンの力が込められている。一体この指輪に何を施したのかも分からないし、指輪からマーモンの気配はもちろん炎の気配もしないけれど、なんとなくそういう勘は当たるのだ。

嵌められた指輪は華奢で頼りなさげに見えるのに、なんとも心強い指輪だった。右手を見つめて笑う私に草壁が振り返った。


「地図と基地の中が一致していませんね」

「どこかで新しい地図を入手しましょう。闇雲に練り歩いている時間もないわ」


不自然に振られる部屋番号に突如現れる行き止まり。雲雀のパソコンへと流れ込んできた基地の地図と全くあっていない。最初からこうだったにしては不自然で、馴染まない基地の雰囲気は静かに、どこかで、慌ただしいものにかわっていくようだ。

先に潜入した彼らがバラバラにされてしまったのも、この基地のせいなのかもしれない。


「曲がった先に人がいる…彼らに聞きましょう」

「怪しまれませんか?」

「上手くやるわよ。」


通路に待機していたのはホワイトスペルの人間2人だった。大袈裟に負傷した腕を庇いながら近づく私達のことを完全に味方だと思い込んでいる。手に持つライフル銃に指がかけられることも銃口がこちらに向くこともなかった。

端末のマップが役にたたないのはエラーではなく基地自体が変化したからだった。


「悪いが新しいマップをくれないか?」

「でしたら準備室のコンピューターで静脈認証さえすればダウンロードできます」

「静脈認証か…」


生憎準備室とやらの場所も分からない。なによりもクロームが扮するニコラが静脈認証を渋った。幻覚では静脈までは真似できないのであろう。


「私達…先を急ぐのよ」

「ぐあッ」

「…上手くやるのでは?」

「あら、一発で沈んだじゃない?」


苦笑いを浮かべる草壁を無視して伸びている男達から端末を拝借した。用済みとなった者達は近くの部屋に突っ込んでおいた。

この基地は正方形の部屋が縦横綺麗に区切られている立体パズルのような構造をしているようだ。それを上下左右自由自在に動かすことが入江正一にはできる。これも炎や匣のなせる技だというのだろうか。つくづく、なんでもアリなのだと感じる。


ピピッ、ピピッ


奪取した端末が小さな音を出す。草壁の息を飲む気配がした。

未来の科学技術の進歩は10年前からやってきた私達には想像も及ばないところまできている。無闇に端末を弄り敵に自分たちの存在が露見しては困る。


「付近の隊員に告ぐ。この先訓練場にてボンゴレ嵐の守護者、並びに晴れの守護者がブラックスペル γと交戦中。時期に決着がつく、部屋の前で待機せよ。ボンゴレリングを回収する。」

「……………」

「切れました…ね」


付近の隊員にということは司令塔には基地の配置はもちろん敵、味方の位置情報もあらかた把握済みだと予想できる。この端末にその指令が飛んだということは私達は近くにいるのだ。その訓練場とやらの近くに。

ボンゴレリングの回収が彼らの目的だとするならば、過去の綱吉達をこの世界に呼びつけたのにも納得がいく。この時代にそれは存在しないものだから。

ともかく獄寺と笹川の居場所がわかった。


「行きましょう。まるで勝者が決まっているような言い方が気にくわないわ」

「嵐の人と、晴れの人…」

「急ぎましょう!」





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