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「入江様、司令室より報告が」

「何だ?」

「入江様!雲雀恭弥との戦闘は継続中!こちらの負傷者は相当な数です。ですが現時点ではこちらが優勢!雲雀を倒すのは時間の問題です!」

「そうか。相手を考えれば満足すべきなのかもな…ご苦労…休め」


メローネ基地内はどこか殺伐としており、雲雀の言う通り殆どの兵士がボンゴレ襲撃の為並盛に向かわされたとみえる。

マフィアのアジトというものはいつから地下へ潜ったのだろう。ボンゴレもミルフィオーレもまるで研究室のような造りの建物を地上ではなく地下に作っている。エミにはどうもここが一介のファミリーの日本支部には感じられなかった。それもこれも10年もの月日が経てば変わるものなのだろうか。ともすれば、森の中ひっそりと佇む古城のようなヴァリアー邸は今どうなっているのだろう。時代の流れに乗って建て替え工事でも行ったのだろうか。地下に潜ったりするようなことがあるのだろうか。

地下は、ないだろうな。

陽の当たらない暗くて冷たいところにザンザスを閉じ込めるのは一度で充分。闇に紛れる暗殺者たちだからこそ、窓から陽の光を感じながら眠りにつかなくてはいけないような気がするのだ。10年経ってもヴァリアーはヴァリアーのまま、あの場所にあり続けるのだろう。

ここまですんなりと進んでこれたのは兵士の数の少なさと、クロームの幻術のおかげだ。今、雲雀、エミ、クローム、そしてランボとイーピンを抱えた草壁の4人は肉眼だけでなく通路に設置されているモニターにもミルフィオーレファミリーのホワイトスペル隊の兵士として映っている。高度な幻術は視覚だけでなく機械をも欺く。


「大丈夫?」

「…うん」

「そう」


メローネ基地に到着してからというものクロームは常に幻術をかけている状態で、それがどれほど大変なことなのかもわからない。ただ彼女の顔色が良くないことだけは見てわかるものだから、見た目はただのおじさんに向かって問いかける。あまり自己主張をしない彼女が声を出して頷いてみせたのでそれ以上は何もいうまい。


「貴女こそ…大丈夫?」

「わたし?」


おじさん同士で見つめ合い互いを心配し合うというのは側から見るとどうなのだろうか。自分の発した声ですら、知らぬ男の声となって耳に入ってくる。普段と違う目線、違う歩幅。確かに自分の意思はあるはずなのにもうひとつの人格が存在するような不安定で歪な感覚がする。

自分は確かにヴァリアーの副隊長で、本来はこんな白い服ではなくヴァリアーの黒い隊服を着ているはず。獲物も背中に背負ったロングソードが、いや、今の時代自分の武器は保存用の匣にてコンパクトに収納するのが主流。敵に直前まで自分の属性や武器を悟られないようにするのは基本中の基本だ。


背中に腕を回し、触る。


「俺は…あ、れ?」

「雲の人」

「…エミ」


視界が、歪む。


誰の、名前だ。エミはヴァリアー副隊長の名前で自分のもののはずで、しかし自分はホワイトスペルの人間、で?

エミの名を呼び、自分に近付いてくる男もまた白い服に身を包んだ男。負傷している、ミルフィオーレファミリーの男。我々は、ボンゴレのアジトからやっとの事で抜け出してきたのだ。入江様に向こうの状況と、変わらぬ勝利の報告をする為にーー


「ヴァリアーの人、かかりすぎてる」







エミが幻覚にかかりやすい体質であることは、リング争奪戦の霧の守護者の対決で明らかとなった。あの場にいた者の中で誰よりも先に幻覚汚染が始まったのがエミであり、六道骸の姿を目にすることなく意識を手放している。


本来クロームのかけている幻覚は視覚と映像に影響を与えるもので、幻術をかけられている本人の思考や意思には作用しない。かかりすぎている、恐らく今のエミは幻覚により姿を変えられている時間の経過とともに、自分があたかもミルフィオーレファミリーであると錯覚を起こしてしまっているようだった。思い込み、脳への視覚情報と現状の作戦進行に向けた段取りが本来のエミの意思から離れて名も知らぬ男の意思と同調し始めてしまっている。


「エミ、指輪はどこ。シルバーリング」

「指、輪」

「恭さん、それなら首からぶら下げられるようにしろと言われたので…」

「チッ」


雲雀の目にはいつも通りのエミが映っている。自分自身の姿もきちんとスーツを着こなしたありのままの姿だ。他所にどう見えていようと雲雀自身が雲雀であるという事実を手放さない限り自分の目まで幻覚にさらされることはない。エミの目は靄がかかったように濁っている。

10年後のエミから過去のエミへと託されたもののうち、一番大切にしていたものがシルバーリングだった。ある人物からの贈り物であるそれを大事にしていた理由など雲雀にしてみればどうでもいいことだったが、過去からくる彼女自身に一番必要なものだったのも間違いない。アレは、幻覚にかかりすぎる体質であるエミの為に細工された幻覚避けの代物だ。

こんなところで、幻覚などのせいでスケジュールがずれるのは御免である。ただでさえ大人数での移動と、仕方がないのだとしても幻覚に頼りながらの作戦にそろそろ限界が近づいていた雲雀。


「恭さん!?」

「うるさい」


エミのヴァリアーの隊服の胸元を鷲掴み思い切り左右に引っ張った。弾け飛んだボタンがカランカランと音を立てて転がっていく。
彼女の胸元に控えめなシルバーリングが光っていた。キラリと光るソレがまるでエミを守るのは自分の役目だと主張していた。そうだというのなら、その仕事をきちんとしてもらいたいものだ。

プチッ、引き千切られエミから離れたリングは雲雀の手の中へ。本当に、こんな物に縛られて、守られる君もどうかしているよ。溜息を吐きながら右手の薬指に指輪をはめてやる。雲雀の思いの外優しい手つきに顔を赤らめたのは草壁だ。まさかこれまで付き従ってきた主人のこんな場面を目にする日が来ようとは思わなかった。敵地のど真ん中だが、女性の指に指輪をはめてやるという行為は綺麗なものである。


「………あ、れ?」

「指輪なんだから指にしなよ。」

「私…あれ?私こんな着崩してたかしら?」

「エミさん…時間があれば私が直します」

「?ありがとう」


指輪は相当な力が働いているようだ。体調が優れないのだとしてもボンゴレの霧の守護者であるクロームの幻覚は一級品だ。それを押し退けるほどの力を持つ者が細工を施した指輪。そんなことができる人物は限られている。

引き千切られた隊服の所為か彼女の華奢な体つきがよく見える。その身体でロングソードを振り回し片腕一本で銃弾を撃ち込むのだから大したものだ。


「僕は先にいく。付き合ってられないよ。」

溜息を吐く雲雀は握ったままだったエミの右手を離し代わりに左手をすくいあげる。左手の人差し指に嵌められているのは雲雀が渡した低ランクの雲のリングだ。それを2度親指で撫で付けてくるりと背を向けた。


「恭さんご無事で!」





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