10


こちらの世界にきて6日が経過した。


「そういえば、エミから預かってたんだ」と、指輪と匣を渡されたのが昨日のことだった。

雲雀は指輪を使い捨てにしているらしい。
指輪にはランクがあり、炎の質に応じたランクの指輪を使うのが一般的で、いくらいいランクの指輪を使おうとも、炎を灯すことすらできない者もいるということだ。指輪に炎を灯すことができる条件は属性の一致と、指輪のランクと自身の炎の質の一致。

最高ランクの雲のボンゴレリングを使っていた雲雀はそれに代わる指輪を持っていなかった。どこを探してもないだろう。だから雲雀はランク問わず数個の雲系リングを所持している。大抵の指輪は、雲雀の炎に耐えきれず数回の使用で砕けてしまう。そんなことが起こるのも雲雀くらいのものだろう。


「間違って使い捨てるところだったよ」

「これ全部私のものなの?」

「そうだよ。預かってた。」


渡された指輪と匣にはヴァリアーの文字。
はめられた石の色からして雲のリングということだろう。10年後の自分が雲のヴァリアーリングを持っているということは、他に雲の幹部に納まる人材が現れなかったということになる。


「このシルバーリングは?」

「エミはソレを大事にしてたみたいだけど、炎が出るような指輪じゃないよ。」


炎が出ない指輪に興味はないとでも言いたげだ。指輪を摘み目線より高い位置まで持ち上げてみる。裏に何か刻まれているかもしれないと覗き込んでみたが、特に何かが彫られている形跡もない。よくある両親の形見説もないとすれば、個人的なものなのだろう。


「せっかくだから炎出してみなよ」


恐る恐るはめたヴァリアーリングは、きちんと中指に収まった。きつくもなく緩くもない。これが私の指に合わせて作られたものであるというのが分かってしまうくらいぴったりだった。


「………………どうしたらいいの?」

「……………ムカつき」

「いや、それ雲雀だけでしょ?」

「予想外だな。エミは手のかからない生徒だと思ってたけど」


気持ちがいいくらい手に馴染むヴァリアーリングが、紫の炎を灯すことはなかった。
システムは理解したつもりだけど、覚悟を炎にというのがどうにもピンとこないのだ。そもそも何に対しての覚悟なのか。
綱吉の過去に帰りたい、みんなを守りたいという気持ちが覚悟として炎に変わったように、私の中の強い想いが炎に変わるのだとしたらそれは一体なんなんだろう。


「…………………」


拳を握る力を強くしたところでうんともすんともいうことの無い指輪。ため息をつき拳を緩めた私の頭を雲雀がポンポンと叩いてきた。子供扱いされるのは好きじゃない。


「ごちゃごちゃ考えたって無駄だよ。今の君にそのリングは使いこなせない。それもボンゴレリング程じゃないけどAランクのものだからね。代わりにこれを貸してあげるよ。」


渡された指輪はCランクの物だという。
ヴァリアーリングを外し雲雀の指輪をつけた。やはり、ヴァリアーリングをつけた時のような手に馴染む感覚はやってこない。
炎が出せなければ私は足手まといになるだけのお荷物だ。


「…っ出た…」

「ほとんど意地で絞り出したようなものだね。」


雲雀の言う通りだった。
お荷物になるつもりはないというちっぽけなプライドが頼りなさげな雲の炎を生み出した。
この時代の私は綺麗な雲の炎を出せていたと雲雀は言った。10年後の私は何を内に秘めて戦っているのだろう。それを今の私が知る術はない。聞いて真似をしたところで同じ純度は出ないだろう。


「ここ、使っていいのよね?」

「好きにするといいよ。僕も沢田綱吉をしごきに行かないといけないからね。」


悔しいけど今の自分では綱吉達の足手まといにすらならない。いくら暗殺者としての経験があっても、この時代の戦い方を習得できなければ赤子も同然。指輪に炎を灯すだけでこんなにも時間を使っていては、その先に進むことができない。匣を開匣し、匣兵器を自らの炎で扱わなければならない。雲雀のトンファーに炎が灯っているのも見ている。匣兵器任せの戦闘ではない。

目の前にやらなければいけないことがドサリと山積みされたような気分だった。

雲雀が出て行った後、駄目元でもう一度ヴァリアーリングを指につける。やはり綺麗に透き通る石と少しごつめのデザインがびっくりするくらい手に馴染む。ベルやルッスーリアが好きそうなデザインだ。10年後の彼らも同じデザインの指輪をはめているはずだ。彼らの炎はきっと透き通るような綺麗な炎なのだろう。

いくら自分の指にぴったりだからと言っても、それを使いこなせるわけではない。炎の出ない大人しい指輪を外して隊服の内ポケットへと入れた。
左胸にあったはずのエンブレムは確かこの世界に飛ばされる直前に、雲雀のトンファーに掠って飛んでいった。手元には武器しかなかったからきっと元の世界に置いてきてしまったんだ。別に胸元にエンブレムがないことで困ることはない。仕掛けが施されているわけでもない本当にただのエンブレムだったから。


「あ、これは…どうしよう?」


戦闘用ではないただのシルバーリング。
自分のものなのだからつけていてもおかしくはないんだろうけれど、大切にしていたと聞くと失くしたりしてはいけないという気持ちが出てくる。
いくら自分だとはいえ、ほぼ他人のような違う存在の人のもの。戦闘中に失くす場合だってある。これも炎が出ないのなら今の自分には必要のない物だ。

迷った挙句、こちらはズボンのポケットへ。

あとで雲雀の部下である草壁という男に首から下げられるようにしてもらおう。こちらの世界にきて一番お世話をしてくれているのは草壁だ。よくできすぎる彼はなんと中学生の頃から雲雀の下にいたらしい。あの雲雀の部下を10年も続けられるのだからとてつもない忍耐力の持ち主だ。草壁にできないことはなさそう。そんな勝手な思い込みはあながち間違いではないということに気付くのに、そう時間はかからなかった。


知らない世界


prev|next

[戻る]
- ナノ -