07


ブローチタイプのエンブレムを手の中で持て余しながら考えるのは、もっぱら彼女のことだった。

あれから一向に姿をあらわす気配はなく、仕方なく拾い上げたエンブレムとともに屋上を後にした。咬み殺した草壁はそのまま置いてきたけど、暫くしたら戻ってきた。戻ってきた後は屋上でのことについて触れてこないあたり、空気は読める奴で助かってるよ。


「ビバリー!!!今日も京子探しに出てくるので授業には出んぞー!」

「担任に言ってください」

「うおおおおー!!」


今日もまた笹川了平は市内を走り回るのだろう。手掛かりも当てもないまま、ただひたすら走り回っているに違いない。これだから脳みそが筋肉でできている奴は効率が悪いんだ。それじゃただの体力づくりにしかならないだろう。


「やぁ、恭弥!久しぶり…でもねーか!元気か?」

「………何しにきたの」


そういえば昨日、この人が来るようなことを言っていたような気がする。興味がなくて忘れてたよ。相変わらず腑抜けた笑顔を浮かべていて弱そうな奴だけど、いざという時目の色が変わるのも知っている。普段がアレなだけにそのギャップはなかなか強烈で、咬み殺しがいのある大人のひとりではある。馴れ馴れしいから好きじゃないけど。


「なぁ恭弥、エミきてねぇか?こっちで合流することになって…「もう1回言って!」

「こっちで合流「そこじゃない」なんなんだよ!!」


エミ、そうだエミだ。
全く思い出せなかったけど、聞けばなんとなく耳にしたことはある名前だった。耳にしているはずだけど、それを彼女の名前として記憶しようという気持ちが1ミリもなかったものだから、今度は忘れないように心の中で反復した。


「そのエミの忘れ物だよ。」

「ん?ヴァリアーのエンブレムじゃねぇか!あいつここにきてたのか?」

「昨日きたけど消えたよ。沢田綱吉達が消えたのと関係があるんじゃない?」

「どういうことだ。」


そう口にするこの人はもういつものヘラヘラした顔じゃなくて、マフィアのボスとしての顔に変わっていた。そういえばこの人のことも、あの赤ん坊や沢田綱吉のことも知らないな。咬み殺しがいがあればそれでよかった。僕が面白ければそのほかの情報はいらないと思っていた。
だけど得体の知れない連中に周りをうろちょろされるのも気に食わないし、僕の学校の生徒が行方不明で少なくともこの人達が何かを知っていそうなのは明白で、それなのに僕が知らないのはもっと気に食わない。
先日の件も、強い奴と戦えるって聞いたから参戦したに過ぎなくてお遊びのつもりだった。興味が湧いたのも事実だけど、得体の知れない指輪を僕の物だと渡されても大切にしようと思うことはできない。


「昨日のことを教えるかわりに、全てを話してもらうよ。エミのこともね。」

「エミのことえらく気に入ったな。だが恭弥、全てを知ったらもう引き返せねぇぞ。それでもいいのか。」

「知ったところで僕は僕だよ。これからも自分のやりたいことをやりたいようにやる。だから全て教えなよ。僕は知りたいことをそのままにできないタチなんだ。」

「わーったよ。ロマーリオ」

「はい」


部下を応接室の入り口に立たせディーノはソファーに腰掛けた。ちょうどよくお茶を差し出した草壁に礼を述べつつちらりと視線をよこして来るのは、さっき僕に言ったようなことを草壁に対しても伝えたいんだろう。


「ご一緒させていただいても?」

「好きにしなよ」


そんな言葉にしないやり取りに気付いた草壁はやっぱり空気の読める奴なんだろう。







地下の訓練場には綱吉、リボーン、ラル・ミルチの他に山本、獄寺の姿もあった。
ふたりとも全開とはいかないものの動けるまでに回復し、本日より修行を再開させるようだ。

獄寺の指導に姉のビアンキ、山本にリボーンと意外な組み合わせの発表がされる中、綱吉の指導を下りると言い出したのはラル・ミルチだった。


「お前はオレの思い描くレベルにまるで達していない。短時間ではこれ以上のレベルアップも望めないと判断した。」

「だが実際にここまで」

「お前の力はこんなものではない!」


2週間ぶりに綱吉の炎を見た獄寺や山本が驚くほどに、彼は短期間で成長している。ヴァリアーの連中を相手にしていた時よりも遥かに迫力のある炎を出すようにもなっていた。ただ、ラル・ミルチの知る10代目沢田綱吉は、今の綱吉のさらに上のレベルなのである。

求められる理想が10年先の自分自身。超えていかなければならない相手は未来の自分。無理を押し付けているのはラル・ミルチだって分かっている。10年という月日をかけて、様々な経験を積み得た力をたった2週間の修行で身に付けろと言っているのだ。しかし、10年後をさらに超えるくらいになってもらわなければならなかった。この時代の彼は結果的に死んでしまっているのだから。力及ばなかったということなのだ。


ふたりの言い合いは綱吉に向かって勢いよく突っ込んできた匣兵器によって遮られた。咄嗟にグローブに炎を灯し空中へと逃げた綱吉を追うように壁を登っていくのは雲雀のハリネズミだった。


「気を抜けば死ぬよ。」

「おまえは!」

「君の才能をこじあける。」


気を抜けば死ぬというのはどうやらハッタリでもなんでもなく、言葉の通りの意味らしい。ハリネズミの回転スピードは凄まじく押さえつけるのがやっとというところ。本当に一瞬でも炎の出力が緩めば、腕ごと持っていかれても不思議じゃない。


零地点突破でハリネズミごと凍らせてしまおうとした綱吉の周りは、知らぬ間に棘を持つ紫色の雲で囲まれていた。

雲の炎の特性【増殖】

綱吉の炎がハリネズミの動きを止めきる前に、雲はそれを上回るスピードで増殖していた。捉えきれない雲同士はやがてくっつきひとつの塊となって綱吉を飲み込んだ。

パリン、と雲雀の指輪が砕けたのと、綱吉を飲み込んだ球体がズシン、と床に落ちたのはほぼ同時だった。


知らない世界


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