09


綱吉が雲雀の匣兵器に閉じ込められてから、随分と時間が経っていた。


中から突き破ろうと攻撃を繰り返す音も次第に弱々しいものに変わっていき、ついにはなんの音も聞こえなくなった。

と、思えば今度は悲鳴にも似た綱吉の叫び声。

仕事柄、悲鳴や泣き叫ぶ声なんかには慣れている。それが何故か、綱吉の悲痛な叫び声だけには耳を塞いでしまいたくなった。
誰に向けた言葉なのか、必死にやめてくれと叫ぶ声は絶望を目の当たりにしたようなひどく悲しい声だった。

何度も言うが綱吉は優しすぎる。

一番マフィアなんてものから遠いはずの少年が、どうして10代目なんてものになるのだろう。大人達は綱吉に何を期待しているんだろう。
そういうところはザンザスのほうが、周りの期待に応えられるような気がする。マフィアのマフィアらしいボスにザンザスならなれる。そうやって育てられてきたし、そうなるものだと疑わなかったし、周りもそれを望んでいたからだ。


「ぶっ壊してやる!!!!」


ただひとり、それを望まなかった人物が9代目で、そんな9代目の選んだ人物が綱吉だった。


「すごい、炎…!」

「エミ、よく覚えとくといいよ。何を覚悟とするかは人によって違う。炎は真に望めば誰でも灯すことができる。沢田綱吉は、ボンゴレをぶっ壊したい気持ちで今炎を出してる。」

「雲雀は何を思って炎を出しているの?」

「僕かい?僕は昔から変わらないよ。【ムカつき】が炎になるんだ。覚悟じゃなくてね。」


少し自慢げに話した雲雀は新しいリングを装着している。早く狩りたくて仕方がないんだ。

球針態から出てきた綱吉は先程とは比べ物にならない量の炎を出している。量だけではなく色も澄んだ綺麗なオレンジだ。中で泣いていた男の子は身を潜め、瞳はさらに深いオレンジに。何も知らなかった少年がひとつひとつ闇を知っていく。どうか瞳までも濁ることがないようにと、戦い始めたふたりを少し離れたところから見つめた。







「まさか、アンタがくるとは思わなかったわーん!大丈夫なのー?」

「何を言う!俺にだって伝言役くらいは務まる!」

「それすら心配だから言ってんだろ脳みそ筋肉バカ」


日本からイタリアへと向かっていたのは晴の守護者、笹川了平だった。
非常事態の時、イタリアへと飛ぶのは何かあった時に自己治癒のできる晴の守護者の役目としていた。イタリアについた笹川は、晴の匣を使うことなくここまで辿り着けたようだ。


「こっちは獄寺と山本に連絡が取れなくてな…。雲雀は一度日本に戻ると連絡があった」

「う"ぉおい!その獄寺と山本なら10年バズーカとやらで過去の若造達がきてるらしいぞぉ」

「なに!?だが10年バズーカは確か5分で…」

「故障だとよ。死んだはずの沢田もこっちにきてる。エミからの報告によれば沢田の周りの女、子供まできちまってるらしいがな」

「京子もか!?!?!?なんてことだー!!」


笹川がイタリアへ向かったのは、ボンゴレトップと同盟ファミリーとの作戦会議に出席するためだった。
10代目を欠いた今、ボンゴレ狩りは勢いを増している。ミルフィオーレの魔の手はボンゴレ内に留まらず、同盟ファミリーにも及んでいる。大から小まで、様々なファミリーと同盟関係にあるボンゴレは、守るものが多すぎる。


「信じてもらえないかもしれんが、沢田達のことも会議で伝えてみよう!」

「言ってどうすんだよ」

「知らん!!!」


翌日、ボンゴレと同盟ファミリートップを集めた作戦会議で、大規模作戦の決行が決定された。
10代目ファミリーが10年前と入れ替わっているという噂を、信じないものもいる。しかし、時はすでに日本だけがどうこうと言っていられる状況ではなかった。どこの国にいたって危険は変わらない。なにもせずこのままミルフィオーレの好き勝手にさせる気はなかった。


5日後、ミルフィオーレ日本支部の主要施設を破壊せよ


これが、綱吉達への指示だった。


「ちょっと晴の人ー。日本支部に帰る前に寄り道しろって言ってますよー。」

「寄り道だと?俺は早く京子の顔を見たいのだが!」

「そういうのは聞いてないんだよ、シスコンが。ミーの師匠がどうしてもってうるさいようなそうでもないようなー」


可愛らしいカエルの被り物が似合わない少年は、カエルとは対照的な瞳で笹川を見上げている。なにを考えているのかわからないところは共通して霧属性の特徴だろうか。笹川はそんなヴァリアー霧の幹部フランのカエルをポンポンと叩き、にっこりと笑った。太陽のような笑顔だ。


「おい、向こうの作戦がひと段落ついたら一度帰ってこいって言っとけ」

「そんなの自分で言えばいいだろう」


誰に、とは言わずとも誰への伝言なのかくらいバレバレだった。
正論を突きつけられて少しだけたじろいだのは、全くその通りだからだった。それくらいわざわざ伝言を頼む必要もないことくらい分かってる。ただ、それに従うかが微妙なところだった。エミは、面倒を見始めたらきっと最後まで見届けるだろう。


「素直になれば?カスザメ作戦隊長!ししし」

「俺はいつでも素直だぁ!!!」

「どこがだよ!笑かすなよ!」


笹川から見てもスクアーロは素直とは言えない部類の人間だと思う。ヴァリアーの人間は皆、色々とこじらせてる者が多い印象だが、その中でもスクアーロは強さに強欲な分、そのほかのことについて不器用すぎる一面を持つ。

彼らはまだエミが過去の自分と入れ替わってしまったことを知らない。


知らない世界





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