08


球針態と呼ばれた球体は、絶対的遮断力を持った雲の炎が混ざっていて、綱吉の炎とグローブの破壊力を持ってしても壊すことは不可能。
おまけに内部の酸素量には限界がある。


「早く脱出しないと死ぬよ」

「てめー10日ぶりに現れたかと思えば10代目を殺す気か!出しやがれ!」

「弱者が土に還るのは当然のことさ。第一、沢田綱吉を殺す理由があっても、生かしておく理由が僕にはない。」


弱いままの綱吉には興味も関心もない、と言ったところだろう。雲雀を最も楽しませる綱吉はもういない。代わりにやってきた少年は、誰の目から見ても非力で優しすぎる。この彼が、逃れることのできない自分の人生を歩み、のちにボンゴレの10代目へと成長する。それだけでも十分な出世であるはずなのに、大人達は時間をかけずに成長しろと言う。

雲雀に関しては、無理なことだとは思っていない節があるのが厄介だ。それが無理だった場合成長前の綱吉がどうなろうと気にしないスタンスは、彼らしいといえばその通りだけれど、綱吉本人にとってはとんでもないことである。


「歴代ボスが超えてきたボンゴレの試練には、混じり気のない本当の殺意が必要だからな。」


リボーンもそれを認めている。綱吉の一番の理解者であり、パートナーでもあるリボーンも今回は味方ではない。それどころか、山本と獄寺を修行に向かわせるというドライっぷりを発揮してみせた。


「それよりエミ、お前いつ入れ替わった」

「昨日。あなた達のことは9代目の耳にも入ってる。9代目はあなたのことを信頼しているわよ。」

「俺は最強だからな。だが過去に帰るにはツナの成長は避けて通れねえんだ。」


ボルサリーノから覗く瞳は、禍々しい存在感を放つ球針態を静かに見つめる。中の綱吉の様子はまったく見えないが、リボーンにはそれが手に取るようにわかってしまうんだろう。リボーンと綱吉の信頼関係は目に見えないところでより太く繋がりあっている。この試練の行く末も、リボーンだけは前向きな方向で見据えている。それが何よりも心強くて、一番のプレッシャーにもなることすらもお見通しだ。







雲の増殖スピードに対応しきれず飲み込まれてしまった。先程までは確かに空に浮かぶような雲そのものだったものが、球体になるにつれて強度と重さを増していった。球体が床に落ちた衝撃で転げた身体をなんとか立ち上がらせた時には、目の前には黒の世界だけが広がっていた。


雲雀さんの匣兵器の内側にいるっていうのは理解してる。

焦れば焦るほどまともな攻撃はできないし、のんびりしているとこの暗闇に飲みこまれてしまうような気さえする。外の声はなんとなくだけど聞こえてきた。早くしないと酸素が無くなるって言われても、なくなったらどうなるかなんて想像つかないし既に荒い呼吸は暴れすぎたからなのか酸素が薄いからなのかわからなかった。


本格的に苦しくなってきた頃にグローブが手袋へと戻っていった。途端に弱気になる。いや、これが元々の俺だよ。死ぬ気になるとなんでもできる気になるんだ。でもそれだって死ぬ気弾とか死ぬ気丸のおかげでさ、結局誰かに頼らないと死ぬ気にもなれなくてこのザマなんだ。吐く息が短い。目の前は暗かったはずだけどチカチカするような気がする。あ、これダメなやつだ。なんだよ、リボーンの奴。雲雀さんを止めてくれたっていいじゃんかよ。


殺れ

報復せよ

嵌めろ

根絶やせ


突然、頭の中に流れ込んできた無数の声。小さかったそれらは次第に大きく、強くなり脳内を揺さぶるほどだった。声だけだったものが、気づけば誰かの目線で怯える人間を見下ろしていた。

殺したり、殺されたり。

恐怖に染まる怯えた瞳は、紛れもなく俺を見つめていて、俺じゃない誰かの握る銃口がブレることなく心臓を狙い撃つ。人を殺した時の視点っていうのはこんな感じなんだろうか。いくら、俺がやめろって叫んでも誰もいうことは聞かなかった。


「ボンゴレの業」

「抹殺、復讐、裏切り、あくなき権力の追求…マフィアボンゴレの血塗られた歴史だ。大空のボンゴレリングを持つ者よ、貴様に覚悟はあろうな。」

「……え!?」

「この業を引き継ぐ覚悟が」


作り話なんかじゃない。もしもの話でもなんでもない。これはボンゴレがしてきたことだ。
いくら善良なマフィアだって言ったってマフィアはマフィアだし、悪いことをしたファミリーだから殲滅していいってのはやっぱり違うと思うんだ。残された家族には悲しみと憎しみしか残らないし、その憎しみがさらなる憎しみを呼ぶ。死んだって、殺したって何も解決なんかしない。人は死んでしまったら終わりだから。人は生きてるからこそ失敗してやり直して成長していくはずだから。

みんなを守るためならなんだって出来るって思ってた。でもこんなたくさんの人を傷つけてきた力なら俺はいらない。


「こんな間違いを引き継がせるなら……俺がボンゴレをぶっ壊してやる!!!」

「綱吉くん」

「9代目っ!?」


倒れかけた俺を支えてくれたのは9代目だった。

最後に9代目を見たのはリング争奪戦の時。モスカの中から現れた9代目は身動きが取れぬよう縛られ、生命力である死ぬ気の炎を奪われ続けながらザンザスの側にいた。
その時9代目に意識はあったのだろうか。モスカの中から俺たちの戦いを見ていたりしたのだろうか。
9代目を弱らせたのはザンザスだけど、深い傷を負わせたのは紛れもなく俺自身の拳だった。今でもその時の感触は残ってる。機械だと思って少し清々しさなんかもあったんだ。これでこいつは動かなくなる。壊れる。そう思って思いっきり壊すつもりで焼き切ったんだ。だから中から人が、9代目が出てきた時は背筋が凍りついて身体中の体温が一気に下がった。
あれが9代目との最後だった。


9代目が視線を向けた先には歴代のボスが並んでいた。遡るようにひとつずつ燈っていく炎は、どれも暖かいオレンジ色だったけど、たったひとりだけオレンジというよりは白に近い炎のボスがいた。俺は、あの人によく似た炎を知っている。


「貴様の覚悟、しかと受け取った。」


〜リングに刻まれし我らの時間〜


「栄えるも滅びるも好きにせよ、ボンゴレX世」


〜ボンゴレの証をここに継承する〜


俺は最初からマフィアになんてなりたくなくて、今だってなりたくなくてただただ駄々をこねている。何度言っても伝わらないし友達までもが守護者だなんだって巻き込まれて、たまに愉快な夢なんじゃないのかな?なんて思う時もある。それくらい以前の自分のダメダメな生活とはかけ離れた賑やかな毎日だった。

ボンゴレの業

過去行ってきた善悪を深く深く積み上げて背負い続けてきたんだ。なかったことにするにはあまりにも多くの人間の喜びも悲しみも背負いすぎて、忘れてしまっては供養できない想いが多すぎて、こうして何年も重ねて混ざり合って、業という鎖でこれからのボンゴレを縛り上げるんだ。

この力は、確かに俺に勇気をくれた。

望んで手に入るものじゃないってことも痛いほどよく分かった。このボンゴレの力を欲して止まなかった男がいること。それを知りながら与えなかった9代目。望まずに手に入れてしまった俺。

俺は業を守るためにこの力は使いたくない。せっかく与られた俺だけの力。ダメダメな俺に勇気をくれるオレンジの炎。9代に渡り受け継がれてきたものがあるのは分かってるけど、そんな物のために俺は戦えない。今、傷ついて欲しくない人達を守るために、俺は炎を灯して拳を握るんだ。


知らない世界


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