05


やっぱり彼女は一般人なんかじゃない。
大人しそうな顔してても蓋を開けてみれば暗殺者だ。僕と変わらない。いや、僕は暗殺者じゃないから僕以上に世間的にみてひどい人間に分類されるんだろう。それが彼女の仕事であるということを、そういう仕事が世の中には存在して、存在し続けなければならないことを考えないとして。
強いと弱いで形作られる世界の住人。そこに道徳心なんてものはなくて、強いものが勝つただそれだけのシンプルな世の中。


相変わらず本気ではないけど先程よりも楽しんでいるのはその目を見ればわかる。群青が艶やかに見えるのはそのせいだ。ひとつ彼女を知れたようで嬉しくなった。


「そういえば、君名前は?」

「委員長!?!?」


彼女のことをもっと知りたい。
どんな名前でどんな仕事をしていて、今何を思っているのかを。
僕の言葉に被せるように開いた屋上の少し重めの扉から、むさ苦しい部下が顔を出した。そしてむさ苦しいその声で僕の名前を呼ぶ。今、名前を呼ばれたいのはその声じゃないよ。


「あっ、」


カランカランカラン、と静かになった屋上に響いたのはエンブレムの転がる音。彼女がつけていた物であのヴァリアーとかいう組織の物だろう。
草壁の声に気を取られたのは僕だけではなかった。でなければ僕のトンファーが掠るなんてことはなかったはずだから。

僕が草壁の方を向いた一瞬のうちに不自然な煙の中から彼女は忽然と姿を消した。隊服から弾け飛んだエンブレムだけがここに彼女がいたという証拠だった。


「委員長、まさか事件の黒幕で、ふがっ」

「咬み殺すよ」

「(もう咬み殺されてます)」


拾い上げたエンブレムと消えた彼女。
名前も聞きそびれてしまった。
確か誰かがなんとかって呼んでいたのを聞いているはずだけど、興味もなかったしいちいち記憶する必要はないと思っていたんだ。やっと知りたいと思ったところで突如目の前から消えた彼女は、忘れ物を残していった。







放物線を描きながらクルクルと回っていたのは胸元に付いていたヴァリアーのエンブレムだった。それを目で追っていたはず、もっと言えば雲雀恭弥と一戦交えていたところだったんだけど。

ここはどう見ても中学校の屋上ではなく和風な作りの一室だった。手触りのいい畳の感触はリアルで夢の線は消えた。夢だとも思ってはいないけど。
もしかして雲雀恭弥に一撃くらって気絶でもしたか。しかし身体にダメージは感じないし一撃貰うつもりもなかった。


「あれ、小さくなってるね。」

「……………だれ」

「わお、分からないとは言わせないよ。」


雲雀恭弥がいた。

和服姿の雲雀恭弥は両腕を袖の中に入れながら面白そうに笑っている。抜いたままだった剣を構えてもなんの反応も見せないどころかそんな私の脇を通り過ぎ、元々あった座布団の上に綺麗な所作で座ってみせた。それにつられて方向転換をした私をやはり楽しげに見つめるのは、しつこく手合わせをせがんでくる雲雀恭弥ではなく随分と落ち着いた大人の雲雀恭弥がいた。


「10年、バズーカ?」

「さすが、飲み込みが早くて助かるよ。」

「あなたが…?」

「僕じゃない。でも僕は君がくることを知っていたよ、エミ」


彼の口から自分の名前が聞こえてくるのは変な気分だった。ちょうど小さい方の彼に名前を聞かれたばかりだったはずだから。教えられなかったその名を呼び慣れている彼は、私の知っている雲雀恭弥ではない。

ここは約10年後の未来であり、沢田綱吉やリボーン、その他守護者や友人達もこの世界へと飛ばされていることがわかった。5分で元に戻るはずのバズーカの効力が何かしらの原因で無効となっていて帰れなくなっている。これが次期10代目の失踪事件の真実だった。


簡潔かつ要領のいい説明で大体のことは理解できた。私は守るべき対象よりも先にこちらに飛ばされるという失態を犯してしまったらしい。もちろん、無線や携帯電話などの類はバグを起こし使い物にならないし現状を伝える手段が何もない。お手上げ状態である。


「ここは?」

「僕の研究施設」

「雲雀恭弥の?」

「この時代の君は恭弥って呼んでたよ。」

「そう呼んでほしい?」

「好きにするといいよ。」


あれから10年歳をとるとこうも落ち着いた人間に成長するものなのか。
うちの騒がしい連中も少しは落ち着いているだろうか。いや、いい歳した大人であんなんだったんだからもう成長も何もないだろう。


「聞かないんだね、ヴァリアーのこと」

「あぁ、まぁね」


聞いたところでここは日本だし会うことはないだろう。ならば未来の余計な知識はいらない。こんな世の中だから誰がいつどうなることだってあり得る。それでも脳内ではやはり10年後のみんなを想像していてそこには誰一人欠けることなく存在していた。それは私の願望に近い妄想だから事実とは無関係のままで構わないのだ。


未来へ帰る手段としてミルフィオーレファミリーの日本支部にいる人物と接触しなければならないという彼らは、この時代特有の戦い方を習得するべく修行をしているらしい。ついておいで、と案内されたのは雲雀恭弥の有する研究施設と扉一枚で繋がっていた別の施設で、どちらかというとこちらの方が研究施設らしさがある。


「せっかくこっちにきたんだからエミにもパワーアップしてもらうよ。」

「パワーアップ?」

「そう。この時代の戦いで最も重要なのが炎。そして匣兵器と呼ばれるアイテム。この時代の君は今の君の何倍も強かったよ。」


話しながら連れてこられたのは地下の訓練場で、中では誰かが暴れまわっているらしい。何かが激突する音と女性の怒鳴り声、なかなか激しい訓練が行われているみたいだった。中の気配は知っていた。知っていたが、私が知るよりももっと存在感が濃くなったように感じる。
視線で促され訓練場の扉へと手をかける。


「綱吉…」

「あれはまだただの草食動物だよ。僕を最も楽しませてくれる男はこの何倍もの炎を自在に操る。」

「あなたを一番楽しませてくれるのが、綱吉?」

「この時代のね。」


綱吉と最後に会ってからそれほど時間は経っていないはずなのに、彼は間違いなくボンゴレの10代目として立派に成長している。それは喜ばしいことであり少しだけ寂しさも感じた。
普通だった綱吉がやがてこの世界の全てを知り、何かを諦め何かを望む日が来る。

あの雲雀恭弥が認める10年後の沢田綱吉。
彼の死は思った以上にボンゴレの士気を揺さぶったに違いない。
通常名のあるマフィアは何百年と続く由緒あるファミリーが多く、新参者には厳しい世界だ。この世界なりの信用と権力、強さを兼ね揃えなければうまく立ち回れないのはどの世界でも同じかもしれない。縄張りとする地域との信頼関係もまた重要で、ここを疎かにするファミリーは長続きしないケースが多い。結局は人なのだ。この分野に関しては初代の時代から最優先に取り組むべきとしてこれまでボンゴレが力を注いできた部分であり、ボンゴレがトップに君臨し続ける理由の1つでもある。ヴァリアーに関してはこの件には全くのノータッチなので本部の人間の十八番である。

聞いたことのないファミリーにやすやすとボスの首を持っていかれる組織ではないはずなのだ。
それともこの時代はそれが簡単にできてしまうというのか。


「綱吉が死んでしまって悲しい?」

「なんで?」

「あなたを一番楽しませてくれる人だったんでしょ?」

「代わりに子ウサギを寄越してきたから、今はそっちで我慢するよ。」


そんな子ウサギに返り討ちに合う可能性があるのだから面白いよね。


知らない世界


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