medium story

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武くん…。




灼熱の太陽が照らす中、汗を流し白球を追いかける。8回を終えて両校疲れがたまっているのは見てわかる。


ベンチに戻っていく武くんはこちらは見ない。今日、ここへ来ることは言っていない。言ってもよかったのだが、言っても武くんの勝ち負けは変わらないから言わなかった。





追いかけるより追いかけられる側の方がプレッシャーは大きいものだ。


前半が好調だったこともあり、ここでこの追い上げには並中側の応援席もひやひやとしている。もちろん、今戦っている彼らが一番心臓が押しつぶされそうな気持ちに違いない。



泣いても笑ってもこれが最後の攻撃。



選手たちは監督から何かの言葉を伝えられてグランドへ入っていく。どの選手も笑顔はない。もちろんそれは山本も同じだった。


吹奏楽部の演奏も、応援団の叫び声も、観客からの声援も。




何も聞こえないくらい目の前のことにしか集中していなかった。




武くんがこれから最後の大勝負をするという時に、私は私自身にイライラしていた。


暑さのせいでもこの危うい境地のせいでもない。



今日ここでたくさんの泥臭いプレーを見てきた。気合を入れて着込んだ真っ白だったユニホームも今は茶色い部分の方が多くなっている。こんなに全身を使って白球を追いかけてる。



私は応援してあげることしかできない。



この夏休みの間、確かにそう思って過ごしてきた。


私は私が無力なんだって思い込んで何もしようとしなかっただけじゃないだろうか。



ダンスは踊り込めば踊り込むほど体に馴染みそれが自信につながった。でも野球は?武くんたちは毎日毎日練習してきた。でも、本番の試合は練習通りにいくわけなくて、彼らは今自分自身と戦っているように見える。


自分自身と戦う武くんに、応援以外の何がしてあげられたと言うのだろうか。変わってあげることもできないのに、応援して頑張る武くんが自分に負けてしまわないように支えてあげる他に何をしたかったんだろう。



武くんが笑うと私も嬉しい。それは今でも変わらないけれど、武くんだって人だもの。笑いたくない時やうまく笑えないときだってきっとある。それなのにきっと私の前で無理して笑ってくれていた。



理由は今だってわからないけど、わからないのをわからないままにするのと分かろうと努力するのは天と地ほどの差があるはすだ。私は自信がないなんて嘘をついてわかろうとする努力を放棄していたんだ。



いつだってきっかけは武くんがくれた。

いつだって私は武くんに支えてもらっていたのに。



私の隣で笑うあなたを、私のダンスで笑顔にしたいと思ったのは1年近く前のこと。


私がそうであるように、彼もそうなら………







「武くーーーーーん!!!」





マウンドに向かう自分の目には球場の土しか写っていなかった。そこでやっと下を向いて歩いていたことに気がつく。


吹奏楽の演奏も、応援団の叫び声も、観客からの声援も。相変わらず何も聞こえなかったけど、それでも名前の声だけは俺の耳に届いた。



ずっと、ずっと、聞きたかった。


俺はきっとずっと待ってたんだ。





「武くん!笑顔ー!」

「……はははっ!なんだそりゃ!」



普段からは想像できないくらい大きな声で俺のために一生懸命叫んでる。恥ずかしいのか大きな声を出しすぎたのかその顔は真っ赤だけど、俺の大好きな満面の笑みだった。



名前の声を聞いて、笑顔を見て、今日一番の声援ももらった。どんな激励やがんばれよりも、俺は名前の笑顔ひとつでやる気が出ちまうんだな。




サンキュー名前!



透き通る青い空へ
拳を高々と突き上げた。



「っしゃ!!おい、みんな!楽しんでこーぜっ!」

「………………おぉ!」

「おっしゃ、やるぜ!」




もう誰も下なんか向いてない。










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