medium story
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喧嘩、とも違う。
でも確実にいつも通りとも違う。
武くんはあの後びっくりさせちまってごめんなって謝ってくれた。
私もごめんなさいって謝った。
私のごめんなさいには主語がなくて、武くんはなんだそれっていつもみたいに笑ってたけど、目元が少し悲しそうに見えたのは気のせいじゃないと思う。
私のごめんなさいに主語がないのは、たくさんの意味があって、自分でもどうしたらいいのかわからないから。
武くんはいつも通りなように見える。
私はいつも通りにできてるかな?
武くんといる時の自分が、普段どんな風だったか全くわからない。自分のことなのに。
今の私うまく笑えてる?
ぎこちなくなってない?
武くんは悲しそうな顔してない?
そればっかりが気になってしまう。
名前はなんだか俺の顔色を伺うようになった。
あれから俺は名前に触れていない。
触れたら怖がらせちまいそうで、今まで我慢してきたのに今自分がどこまで我慢できるのかわからない。またこの前みたいに気付いたら何てことがあったら遅い。そのあと後悔するくらいなら、今まで通りを装えばいい。
名前は俺の笑顔が好きだと言ってくれる。俺も名前の笑顔は好きだ。俺が心底楽しそうに笑えば、名前も笑ってくれるから。
俺、うまく笑えてる?
「武くん…あの、…なにか、あった?」
「んー?なんもないぜ!あ、でもさっき返ってきた国語のテストは微妙な点数だったなー」
不安そうに見上げてくる瞳。
名前は俺の鏡みたいだ。
こいつをこういう顔にさせちまってるのはきっと俺で、そんな俺の顔もやっぱりどっかいつも通りじゃないんだろうな。
それでも明るく務める。鏡なら俺が笑えば笑ってくれるはずだから。そうして無理やり作った笑顔に、名前は少し困ったように笑ってくれた。
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