medium story

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顔から火が出るんじゃないかと思った。



キュッと握られた右手も、そこだけ発熱しているみたいに熱い気がしたし、身体中の神経という神経が全部右手に集中しているんじゃないかと思うくらい山本くんの大きな手の感触が残ってる。




さっきまで、確かに体育の増田先生の話をしていたはずなのに。


気付いたら手を握られ、そしてまっすぐ見つめられていた。



山本くんは背が大きいから、座っても私とは結構差があって。

私の目線に合わすためなのか、少し首を傾けながらまっすぐ見つめられてしまって、目が離せなかった。



「おーい!」




そんな山本くんの一言で我に返った私は、この状況を理解して顔を真っ赤にさせたのでした。




そんな私を見て山本くんは涙が出るほど大笑いした。




「タコより赤いぜ!」

『山本くんが…!』

「だから、名前で呼んでくれって」




なぜ、そんなに名前で呼ぶことにこだわるのだろうか。今までずーっと《山本くん》でやってきたのに。



黙ったままの私を見て、山本くんは少し悲しそうな顔をする。



「名前で呼ばれんの嫌いか?」

『ううん。でも……』

「でも?」

『山本くんに呼ばれる名前は、なんだか他の人とは違って聞こえる』

「名前」

『………はい』

「名前」

『…………なに、武………くん』

「ははは!本当だ」




他の人に呼ばれるより照れるな。

そう言って、武くんははにかみながら、握る手に力を込めた。












「なにそれ。ノロケ?」

『ちょっと!りかちゃんが聞きたいって言ったのに…!』




そんな私にとってはハラハラドキドキのお昼休みが終わった後。

教室に戻った私は、完全に挙動不審だったんだと思う。りかちゃんに捕まり、放課後事情聴取を受ける羽目になり、あの恥ずかしい出来事を今度は自分の口で人様に伝えるというとてつもなく恥ずかしい目にあった。



今日だけで私、恥ずかし死にできる。



あのあと、山本くん、じゃなかった武くんは、名前を呼ばれることも呼ぶことも気に入ってしまったみたいで、何回も名前を呼んできた。



今までだって、何人もの友達に名前を呼ばれたことがあるのに、こんなに自分の名前が呼ばれて嬉しいと思ったことはない。彼の呼ぶ自分の名前が、とても特別なものに感じた。



武くんが名前で呼んでもらいたいと言い出したのは、こういう意味だったのかな?

そうだとしたら、武くんも私と同じような気持ちで、私が呼ぶ自分の名前を特別に感じてくれていたのなら、とっても嬉しいな。




ちなみに、呼び捨てはできなかったので彼の呼び名は武くんに落ち着いた。たぶん気を抜いたら、山本くんって呼んじゃうんだろうな。



思えば、最初は山本くんと呼ぶことすら緊張していたように思う。それがいつの間にか、自然に呼べるようになっていたんだ。



いつか、武くんと呼ぶことに慣れる日がくるように、武くんに名前と、名前を呼ばれることにも慣れる日がくるのだろうか。


慣れたいと思う気持ちもあるけど、今日初めて好きな人に自分の名前を呼んでもらった時のあの気持ちはいつまでも忘れたくないな、と思った。







可愛かった。可愛かった可愛かった可愛かった可愛かった!!



俺が意味もなく呼んでいるのに気付いてるのに、ちゃんと全部に返事をしてくれるところも、5回に1回くらいのペースでその返事に俺の名前を呼んでくれたところも、とっさに握った小さな手も全部がやっぱり可愛かった。




名前を呼ばれるだけで真っ赤になっちまう名前のことを、はじめは笑ったりした俺だけど、小さな声で恥ずかしそうに俺を見上げる名前の口から俺の名前が呟かれると、じんわりと胸に暖かいもんが広がった。




あーなんかこういうのいいよなーなんて思って。




いつもは午後の授業って、腹一杯で眠いしだいたい寝るんだけど、今日は屋上でのことを何回も思い出して過ごしたからあっという間に授業が終わった。


その後の部活も驚くほど調子が良くて、いいことってのは続くもんなのなー!




一日中名前の事を考えて過ごしたからなのか、夜にはもう会いたくなって、明日の学校が楽しみだ何て思った。

今日確実に、俺の《すき》は大きくなった。







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