medium story
君のぬくもりが消えた
「もしもし、僕だけど」
「あ、恭ちゃん?名前が昨日からさ〜」
「草壁に電話したでしょ」
「あら聞いたの?」
自分の娘が一晩連絡もせず、帰ってもこなかったというのに翌日まで随分呑気にしていたものだ。
この人のこういうところも昔から変わらないし、こういうところが似てしまったんだなと思わずにはいられない。
「あの子、うちにきてたから。」
「なんだ恭ちゃん家にいたの?それならそうとてっちゃんも教えてくれたらよかったのに」
「草壁にも言ってなかった。じゃ、そういうことだから」
長くなりそうなので、電話は無理やり切った。
あの人の話は中身がない上にとっても長いんだ。普段だってまともに聞いていられないのに、今聞けるわけがない。
このタイミングであの子がいなくなった。
僕を誘き出そうとでもしてるのか。
そんなことしなくても、僕は逃げないのにね。
『………っ、ん?ここは…』
「気がつきましたか?ここは黒曜ヘルシーランドです。」
『あ、えっと……六道くん。あなたここの場所がわからなかったから、わたしに道案内させてたんじゃないの?』
「あぁ。そのことでしたらすみません。嘘です。」
『う、そ…』
嘘をついたことをこんなに晴れやかな笑顔で公言できる人っていたんだなぁ。
この場に似つかわしくない綺麗な笑み。
彼の座るソファーは所々やぶれているし、この部屋自体も埃と砂の混じったいかにも廃墟という匂いがする。
どうやら同世代の男の子に誘拐されてしまったらしい。
『あの〜…』
「なんでしょう?」
『うち、ごく普通の家庭なんで身代金とか要求しても無駄ですよ?』
「………………」
あ、今ものすごく失礼なこと考えてる顔してた。顔全体が、何言ってんだこいつって言ってた。
『誘拐されてるんですよね、わたし』
「えぇ、まぁ。ですが我々は別にお金が欲しくてあなたを誘拐したわけじゃない。」
『誰でも良かったってやつですね。』
「いいえ、それは違う。あなただから僕は攫った。風紀副委員長、名字名前さん」
六道くんの話はよくわからなかった。
それでもこんな話し方をするくらいだから、私が風紀委員であることが関係しているんだろう。
そうなるとやっぱり、目的は委員長なのかな…。
『六道くんの目的は委員長?』
「並盛中風紀委員長、雲雀恭弥。彼が僕の探している男である可能性は十分にある。しかし風紀委員の下っ端は口が固いのか、何も知らされていないのか…。僕の問いに答えられるものはいなかった。」
『………風紀委員に何かしたの?』
「おや?」
わたしの問いかけに、六道くんは楽しそうな表情を浮かべた。
イタズラを思いついた子供みたいな顔。
わたしはすべてが見透かされているようで居心地が悪くなって視線を外した。
今更かもしれないが、六道くんから視線を外してようやく自分の状況を確認することができた。
六道くんの座るソファーの左側に置いてある小ぶりのソファー。
そこに気を失っていたようだ。
首が痛いし、体全体が固まっているような感覚があるので、たぶん座ったまま寝ていたんだろう。
手はご丁寧に前で縛られている。
「あなたは、風紀副委員長なのに知らないのですか?ここ最近、風紀委員の者達が何者かに襲われて重症をおったこと。」.
『襲われた…?』
「えぇ。僕たちにね。」
『なっ、………』
人間本当に驚くと言葉は出ないらしい。
風紀委員が襲われていたことも、その犯人が目の前にいる自分と同世代の少年だということも、何もかもに驚いた。
一番驚いたのは、風紀委員がそんな状態だったのに、何も知らずに毎日を過ごしていた自分自身。
『委員長を呼び出すために、そんなことを?』
「少し違いますね。僕はある男を探している。それが雲雀恭弥かはまだわからないんです。」
『あなた…いったい何がしたいの?』
「殲滅とだけ教えておきましょう。どうやらあなた自身はこちら側とはまったく無関係のようだ。」
怖い。
痛めつけられるわけでもなく、怖い顔で睨まれたり、凄まれたりしているわけでもないのに体が震える。
彼の言っていることも目的もまったくわからないけれど、危険な人だっていうことはすごくわかる。
にこやかに笑っているけれど、その奥でギラつく何か。
その仮面の下にどんな顔が潜んでいるんだろう。
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