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大きな月








いつまでも顔をうずめたまま黙りこくるあいつに付き添い、ベンチに腰かけてから一体どのくらい経ったのだろう。



こんなに静かなこいつは見たことがなくて、なんて声をかけてやったらいいのか正直分からない。



なんとかしてやりたい。



そう思う反面、適当なことは言えねえと思うと、開きかけていた口は音を出すこともないまま閉じてしまう。



らしくねぇ…、オレも、こいつも。




いつからオレはこいつのことをこんなにも気にかけていたのだろう。


出会いは最悪。二度目の再会だって決していいものではなかった。

顔を合わせれば売り言葉に買い言葉。こんなに口が悪くて横暴な女は見たことがなかった。




あの時は、こうして肩を並べて静かな時間を過ごすことになるなんて微塵も思っちゃいなかったが、現に今こいつの隣に居るのはオレで、見た目よりずっと頼りなくて小さい背中を守ってやりたい、そんな風に思ったのも事実で。ったく、調子狂うぜ。




こいつがいつも通りでいてくれねぇと、オレまでおかしくなっちまう。



そんな自分らしくもない思考を振り払うように片手で頭をガシガシと掻いたオレは、ため息と共にベンチにより一層だらしなく凭れかかって空を見上げた。



夕焼けのオレンジだった空は何時の間にか深い群青に染まっていて、何座だか分かんねぇような小さな星がいくつも輝いていた。




『ごくでら』




不意に呟かれた自分の名前に、遠くなりかけていた意識は簡単に呼び戻された。

久しぶりに声を発したからだろうか、少ししゃがれたあいつの声は弱々しく、今にも泣き出しそうだった。




『獄寺…、さっきはありがとな、しっかりしろって怒鳴ってくれて。おまえが居なきゃあたし、あの場から動くこともできなかった』

「……おう」

『早く戻ろうぜ。陸たちきっと心配してる。あたしがしっかりしないで誰があいつらのこと守るんだって話だよな!』




そう言って、眉を寄せて苦々しげに笑うあいつの顔はまるで泣いているようで、見ていられなかった。



こいつのこんな顔が見たくてオレはこいつのそばに居るわけじゃねぇ、そう思うのと同時に腕は勝手に動き、無理して笑うこいつを閉じ込めていた。




『な、ちょっ、獄寺!?』

「泣けよ」

『……え?』

「泣きそうな顔して笑ってんじゃねぇよ。あいつらの前では泣くのを我慢したっていい。ただ、俺の前でそんな顔する必要ねえだろ」

『………でも、』

「ほっとけねぇんだよ!なんでも頑張ろうとするおまえが、あいつらを一人で護ろうとするおまえが。オレの前では、弱音も泣き言も我慢すんじゃねぇ」

『……っう、ごくでらっ……』






今腕の中にある温もりを確かめるように抱きしめる腕に力を込めた。おまえはオレが支えてやる、そんな想いを込めて。




散々泣いたあと顔をあげたあいつは、泣きながら笑っていやがった。




大きな月の月明かりに照らされて涙がキラキラ光るその顔は、さっきの泣きそうな笑顔なんかより数倍、綺麗だと思った。










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