medium story
小さな背中
「いやー、参った参った」
『…………』
「勘弁してくれよ…」
並盛病院
白い清潔感あふれるその部屋で悪びれる様子もなくカラカラと笑うのは、今回の騒動の種悪の根元。
公園を飛び出した陸を追い掛けて商店街に戻ったが時すでに遅し…。
こいつのばあさんは誰かが呼んだ救急車に連れていかれた後だった。
下の奴らは訳もわからず泣きわめき、オレ達を呼びに行くだけの冷静さは持っていた陸もばあさんが連れていかれたと聞いて泣き出した。
オレ達を見つけた途端泣きついてきたガキ達の背中をあやすあいつの手が震えていたのをオレは見た。
『参ったのはこっちだ。ただのぎっくり腰で救急車呼んでんじゃねぇぞ。人騒がせなババアだな』
「ババアって言ったのはどこの糞ガキだ?だいたいあたしが呼んだんじゃないよ!肉屋のオヤジが勝手に呼んだんだ」
『知るかよ』
ピシャリと閉められた病室のドアから人騒がせなばあさんに目線を移したオレは、溜息をつかずにはいられなかった。
「ほんと、似た者同士っすね。あんた達」
「うるさい、獄寺」
素直に心配したと言えば済むのに
素直に心配かけて悪かったと言えばいいのに
「名前をよろしくね、獄寺」
「人遣い荒いばあさんだな」
「まだばあさんなんて年じゃ…」
「ぎっくり腰で運ばれたばあさんがよく言うぜ。ったく…」
出て行ったあいつを探すためドアに向かって歩くオレの背中に向かって、「うちの子が迷惑かけるね」と言ったばあさんに、振り返りはせずに片手を挙げるだけで返事をし、静かに病室をあとにした。
あいつがどこにいるかなんて検討もつかなかったが、案外すぐに見つかった。
あいつは木の下にポツンと置かれた古びたベンチに体育座りをし、自らの膝の上に顎を乗せ不貞腐れたような顔をしていた。
まるで母ちゃんに怒られたガキみてぇだ。
きっとそんなことを考えていたオレの顔は、薄ら笑いを浮かべていたんだろう。
俺に気づいたあいつは自分が笑われていることにさらに機嫌を悪くしたらしくとうとう顔を膝に埋めちまいやがった。
「……おい、顔上げろよ」
『…………………』
「………おい!」
『…………………』
こいつ…!
人がせっかくきてやったっていうのにシカトとはいい度胸じゃねぇか。
「おい」
『………』
「……、名前。」
『っ!……』
普段呼ばない名前を呼べば叱られたようにピクリと揺らしたその肩は、こんなに頼りないものだったかとふと思った。
顔をうずめて縮こまる今のこいつにはいつもの男勝りな様子は微塵も感じられない。
女、なんだな。こいつも一応。
そんな場違いな思考が頭をよぎる。
その縮こまった小さな背中を守ってやりたい。
そう、思った。
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