medium story

小さな楽しみ









「おまえも暇だな」

『こっちのセリフだっつーの』

「あ"ぁ?やんのかこら」

『あんたの相手は疲れるわー』






















いつもの公園


夕刻



約束をしたわけなんかじゃねぇけど、オレ達は最近よくここで会う。

待ち合わせをしているわけではない。

会いたくて、この公園に立ち寄るわけでもない。

ただなんとなく。

なんとなく。そんな言葉が一番しっくりくるような気がした。





「ほらよ」

『ありがとう。獄寺にはすっごく感謝してる…』

「よくもまぁそんな心のこもってない棒読みができるもんだぜ」





オレが渡したのは今日の授業の数学のノート。

ノートというかルーズリーフ。

綺麗に板書したわけでもなんでもなくて、習いたての数式を使ってオレが問題を解くために使ったただのルーズリーフ。





いつだったか、ムカつくこいつにカバンの中にあった紙切れを丸めて投げつけたのがことの始まりだった。






「ちったぁ、黙れ!」

『いた!人にゴミ投げてんじゃねぇよ、ガキがっ!』

「投げ返してくん、な!」

『下手くそ。』





2回目に投げた紙くずは呆気なくあいつに捕まった。何を思ったか紙くずを広げ始めたあいつの手が止まったのを見て不思議に思ったオレは、ただ黙ってあいつが口を開くのを待った。

こいつが静かなのはなんだか慣れねぇ。

いつも人の揚げ足ばっかり取りやがってまともに会話が続かねえ。

それでも、それが、こいつなんだと最近では理解し始めていた。

とうの昔にその理解の領域に達した10代目は、こいつの言葉を軽く聞き流す技を身につけたと仰っていた。

山本は何言ったってあんな感じだ。

あいつにいちいち反応しちまう自分にも少なからず批はあるのだろう。

だからと言って、突っかかるのをやめようとも思わなかった。これはこれで、まぁいいんじゃねぇかと。



だからこいつが静かだと無性に胸がざわざわとざわめき出す。







『これ…、数学?』

「あ?あぁ、今日の授業で使った紙だ。もういらねぇよ」

『あんた本当に頭いいんだ』

「どういう意味だ、コラ」





俺は一度問題を解けばだいたいは理解する。数学は基礎が積み重なっていくもの。

基本さえ理解してしまえばあとは公式を展開していくにすぎない。




『こんな解き方…今まで思いつかなかったなぁ』

「………」




オレが丸めて投げた紙くずは、こいつにとってはゴミにはならなかったようで。

学校で授業を受けないこいつの頭は確かにいいが、教科書通りだった。

教科書通り過ぎて、綺麗過ぎて、きっと見たこともないような問題に出くわした時対処しきれない。

誰かと頭を捻り合いながら問題を解いたことなんかねぇんだろう。




こいつはオレが丸めて投げた紙くずを、まるで絵本をもらった小さなガキのように目をまん丸く開いて眺めていた。




「やるよ」

『え?』

「オレはもう、その紙はいらねぇからやるよ」





『いらねぇよ、こんな紙くず!』




そう返ってくるだろうと予想して投げかけた言葉にすぎなかった。

なのに、『ありがとう!』と言って笑ったあいつが、珍しく素直に礼なんか言ってくるもんだからすぐに反応することができなくて。




「お、おぅ…」



情けない返事しか返すことができなかったのを今でも覚えてる。








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