medium story
小さなきっかけ
『おっちゃん!トマト買ってってよ』
「おー、名前。いいトマト選べよ」
『うちのはどれもうまいんだけど!?』
なんつーか……。
もう分かりきったことだし、今更突っ込んだって何もかも遅いんだからオレは何も見なかったことにする。
いつものように10代目を無事にご自宅まで送ったあとの帰り道。
天気の悪い日や遅くなってしまった時は、しぶしぶここを抜ける。もっと言うと、学校から直だったら絶対抜けない。
口では説明すづらいが学校、自宅、商店街はちょうどいいくらいの三角形になったような位置にある。学校から直帰の場合商店街の方向には行く必要がなく、ほとんど真っ直ぐの道のりを歩いていけば着く位置だ。10代目のご自宅は商店街側より少し外れた先。つまり、10代目の家からは商店街を真っ直ぐ進むようにして帰ればうちだ。
ただ夕方は何かと混むので今日みたいに天気の悪い日か、遅い時間でさっさと帰りたい時にしか通らない。
この間のことがあってから(バナナin事件)できるだけここは通らないようにと決めた。いきなり口に食べ物突っ込まれるなんて二度とごめんだ。
『あ、獄寺じゃねーか!』
「お?なんだお友達かい?」
「…………」
最悪だ。
その一言に尽きる。
気付かれないようにしてたつもりが何時の間にかあいつと客のやり取りを眺めてしまっていたオレは、あっさりと見つかり声をかけられた。
『高校のクラスメートなんだ』
「おまえもこんなんだけど年頃の女だもんなぁ。若いってのはいーねぇ」
『…?何言ってんだおっちゃん。はい、トマト!とびっきりうまいやつね』
本当にどこにでもあるような普通の八百屋。値段とかはよくわかんねえけど、ガッツリ稼げる商売ってわけじゃなさそうだ。本当にただの八百屋。
『今日はおまえ一人なんだな』
「10代目を送った帰りなんだよ!」
『はいはい、10代目な』
「てめえ…、馬鹿にしてんじゃ…」どんっ!
「「「「ただいまー!!!」」」」
でかい声で店の中に駆け込んできたガキ4人。ランドセルを背負った奴が3人と、その中でも一番年上であろう奴に手を引かれたもっと小さなガキ。
ドタバタと店の中を突っ走って靴を脱ぎ捨て家の中に入って行ったのは本当にあっという間で、帽子とランドセルを置いたガキ達はほどなくして戻ってきた。
「あれ、ねーちゃん誰そいつ?」
『あ?獄寺、ツナの子分』
「てめえ…」
「ダメツナの子分?!じゃあおまえオレの子分な!」
「なっ!おいガキ、10代目を侮辱したらただじゃおかねぇぞ!」
『おまえ……自分はいいんだな』
「あ?なんか言ったか?」
『いや…』
その後挨拶しろとげんこつを食らったガキ共は、陸、花、空、海と元気良く名乗った。
ガキの扱いに慣れていないオレは「お、おう」なんて意味のわからない返事しかしてやれなかったけどこいつらは別段気にした様子もなく笑顔のままだった。
「名前ー!休憩して来な」
『あ、うん!』
中から出て来たおばさんが休憩を言い渡し、付けていたエプロンを外すのを見て、オレはじゃあなと立ち去ろうとした。が、それを止めたのはあいつで、オレはなんの気なしにその誘いを受け入れた。
断る理由がなかったから
ただそれだけだった。
『おい、獄寺!どーせ暇なんだろ?雨だしうち上がってけよ』
「はぁ?」
雨が降っていなかったら誘われることはなかっただろう。
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