medium story

08



 




『なんか久しぶりですね』

「は!?」

『いや、仕事以外で話すの久しぶりですね』

「やめろよ」





体温計を素直に受け取り脇に挟む姿が幼く感じて、昔のように笑い飛ばしたくて仕方がなかった。


計り終わった体温計の数値を勝手に覗き込むと38.0とまだ高い。

医務室でもらった冷え〇タを貼りやすいように半分剥がし近寄っていたわたしは獄寺の「やめろよ」という一言で我に返る。




『ご、ごめんなさいわたしっ。出しゃばりすぎですよね』

「は…?」

『あの10代目にはわたしから伝えておきますから!じゃあ!』

「ちょ、待て!」




たかが名前を呼ばれたくらいで舞い上がって、あの頃のような図々しさで接していたことが恥ずかしくて、早くこの場から消えたかった。

半ば無理矢理冷え〇タを押しつけ去ろうとした。



――が、それが叶うことはなかった。

先ほども感じたあの暖かいぬくもりが左腕から頬、全身へと伝わる。



なんで引き留めるの。

なんでそんなに辛そうな顔するの。



今日の獄寺は風邪のせいでおかしいだけ。きっとこの風邪が治ったらいつも通りあの頃とは少し開いた距離で接しなければいけないのに。

今変に距離を縮めてしまったらもう戻れなくなりそうで。






『……離してください。早く、戻らなきゃ』

「ダメだ。お前のその態度が俺はずっと気に入らなかったんだ」

『っえ?』

「だいたい俺にだけよそよそしくしやがってなめてんのか。あぁ!?」

『な、なめてなんかないし!!』





思わず言い返した。今まで自分なりに自分の立場を考えてしてきたことをこうも否定されるなんて思ってもいなくて。


未だに離してくれない手を振り解こうと力を入れてもビクともしない。




「俺の前ではお前らしくしろよ!ふらふらふらふらしやがって、近くにこんないい男がいんだろうが」

『…はぁ!?どこがいい男よ!こっちは立場とか色々考えて、迷惑かけないようにとか、色々…』




悔しくて悔しくて、涙が止まらない。最後の方は泣き叫びへなへなとその場に崩れ落ちていった。獄寺の前で泣くなんて今までなかったかもしれない。





「お前とは嫌なんだよこんなんじゃ。それくらい分かれよ」

『うぅっ うわぁ〜ん』

「な、泣くなよ」





口調はきついのにぽふっと頭に乗せられる手はとても優しくて、恥ずかしくてどうしようもなかった。

泣いちゃって顔はぐしゃぐしゃだし、言いたいことはたくさんあるのにうまく言葉にできない。泣くななんて優しく言われたら止まる涙も止まらない。いつもなら慰めるのは山本の役目で、人のことなんて慰めない獄寺の不慣れな優しさが今は無性に嬉しかった。







『ねぇ、獄寺?』

「なんだよ泣き虫」

『あの頃には戻れない』




だって、あの頃のあたし達《友達》でしょ?








『わたし…!わたしきっとあの頃と同じにはできない!』

「俺も無理そうだな」





どうしよう、これでもうわたし達は完全に戻れない。

でも友達じゃ満足できない自分がいることに気付いてしまった。あの頃とは違う気持ちの今、あの頃のようには決してできない。獄寺に今度こそ愛想つかれてもおかしくない。



直視できなくて下に下げている頭には未だに獄寺の温かい手が乗っていて、でもその温かさを知ってしまったらもっともっとと望んでしまう。


これ以上はダメだ。


獄寺の腕をそっと掴み頭から下ろせば素直に退かされたことにチクリと心臓が痛む。ほら、もうすでにここまできてる。こんな気持ちがなければこの先苦しむこともない。昨日の自分に戻るだけ。



そのまま離してもらおうと思った手は頭からはどいたもののそのまま耳を撫で頬を包み親指で目尻に溜まる涙を掬う。





「ちゃんと最後まで聞けよ」

『やだ怖い!』

「1回しか言わねえからな」

『やだって「好きだ。」……え?』

「お前も嫌なんだろ?《友達》じゃ」




あれ、獄寺ってこんなにかっこよかったっけ。

そういえば人を好きになると周りの景色すら輝いて見えるって誰かが言ってたな。



いつも眉間に皺を寄せてて10代目10代目ってうるさくて短気な獄寺が、相変わらず眉間に皺を寄せて本当に10代目の右腕になっていつも誰よりもファミリーの為に働くようになった。


遠い存在のような気がして好きになってはいけないと無意識に離れていったのはもしかしてわたしの方だったのかな。でも輝いている獄寺がずっと眩しかった。



今目の前にいる獄寺は適当に貼ったせいでズレた冷え〇タに熱のせいで赤い頬、瞳にも涙の膜ができている。

こんなに間抜けな格好なのにわたしを見下ろす顔だけは自信に満ちていてまるでわたしの返事が分かっているかのようで、すごくすごくムカついた。




獄寺を無理矢理ベッドに押し戻し布団をぎりぎりまで引き上げる。わたしの勢いに驚いた獄寺は僅かに目を開き動揺の色を見せる。





『熱で覚えてないなんて言わないでよね!』




ちゅっ―――




「…!な、いきなり何すんだてめえ!!」

『病人は寝てろ!』







ねぇ、風邪が治ったらもう1回だけ言って欲しいな。

その時までにはわたしも《すき》って伝えられるようになるからさ。







      Love me,hold me







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