medium story
07
「…………んっ」
『すぅー。すぅー。』
「っんな…!」
寝苦しさに目を覚ました俺の目の前に広がるのは名前の安心しきった寝顔だった。
驚いてでかい声を出しそうになったのをぎりぎりのところで止めることに成功しそっと顔を覗き込む。
「よし、起きてねえな」
変わらず気持ちよさそうに眠る名前は昔から変わらないままで少し幼さが残っている。何故か繋がれている手は俺が動いたところで簡単に解けるわけでもなく繋がれたまま熱を放つ。
あぁ、思い出した。
朝起きたら身体が思うように動かなくて医務室に行くことすらおろか体温を計ることすらできない状態だった。
そんな時に聞こえたノック音にどうにかして気付いてもらわないとやばいと思った俺はベッドから這い出し力つきたってわけか。はっ、情けねえぜ。
額からずり落ち意味をなくしたタオルが随分温くなっていることから自分は相当高熱だったんだと気付く。
まだ重い身体を起こし上半身を寄りかかるようにして座ってみても起きる気配はまったくない。それどころか手を離す素振りさえ見当たらない。不思議と嫌な感じもせず手からふわふわとした温かさを感じた。
ベッドサイドのテーブルにはこいつが用意したのだろうコップとペットボトルの水が置かれていた。ペットボトルを手に取り脇に挟んで蓋を開けるとそのまま半分ほど飲み干した。
今朝よりは随分楽になった。そういえば今何時だ?
時計の針は10時を少し回ったところ。これでも十分な寝坊だが俺は案外早い時間に気付いてもらえたらしい。
こんな時間まで寝たのも久しぶりだ。なにか懐かしい夢でも見ていたような気がするが思い出すことはできなかった。
『んー…。……あ、寝てた!!』
「やっと起きたかよ」
『あれ?もういいの?熱は!?ってまだ熱いじゃん寝てなきゃダメだよ!薬もらってくるから動かないでね!』
「……お、おい!」
寝起きとは思えない物凄いスピードで俺をベッドに押し戻し走り去った名前は薬と冷え〇タ片手に戻ってきた。
コップに水を注ぎ風邪薬であろう錠剤を手渡されそれを大人しく受け取り飲み干す。
『体温計どこ?』
「確かそこの棚の…」
『これ?』
「あぁ。1番下だな」
あったと小声で呟き戻ってきたかと思えば俺の鼻先に体温計を突き出した。有無を言わさない勢いに負けさっきから従うばかりだ。
昔はこうやって喜怒哀楽の表現が豊かで騒がしく、短気だった俺に怯むことなく突っかかってくる奴だった。その為よく喧嘩もしたが仲もよくつるんでて楽だった。女で唯一素を出せる奴で気を遣うことなく接することが出来たのも、名前がこんな性格だったからだろう。
それがどういうわけかよそよそしくなったのはマフィアとして正式に働き始めた時からだった。変なところで真面目なこいつは仕事にも一生懸命で端から見てもがんばっていたと思う。事務として働く名前は普段は10代目や俺達にまで敬語を遣い、いい意味で自分の立場を見極めている奴。ただそれがなんだか許せなかった。山本のようにいつも通りでいいと言えたら楽だが、変なプライドと意地が邪魔した結果自らも同じ様に名前に接し溝は深まるばかりだった。
慣れてしまえばどうってことはなかった。
しかし相変わらずふらふらするあいつをみるとどうしようもなくイライラする。
なんでスクアーロに平気で抱きしめられてやがんだ。ナイフ野郎とだって距離が近すぎる。あいつには警戒心がねえ。昔から人を疑うことをしないからどうしようもねえ男ばっか寄ってくんだ。
…なんて。こんなのは全部醜い嫉妬心だってのには随分前から気付いてた。
知らない男なんかよりもっと近くにいるだろ俺が
そう言ってやりたくて、でも言えなくてまた馬鹿にして喧嘩して騒いで忘れてを繰り返す。
久々に互いの間に壁がないように感じ、それが妙に心地良かった。
熱のせいなんだろうか。ぽわぽわとする思考の中でもこれだけははっきり分かる。
(俺は名前のことを…)
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