medium story
泣き虫ウサギは嘘をつく
「おい、向こうで何かあったか?」
ピンク色の煙に包まれながら、10年前のスクアーロは間違いなく私に向かって「もう泣くなよ」と言ってきた。
昔に比べたら私の泣き虫もだいぶマシになった方だと思うし、そもそも私はあまり泣くような子じゃなかったはずなんだ。
それが、どうしてかヴァリアーに入って、スクアーロに出会って、暗殺者として生きていく日々の中で泣くことも多くなった。
その度にスクアーロはぎこちない手つきで涙を拭ってくれて、泣き止まなくて怒鳴られて喧嘩もして、そんなことをしてるうちになんで泣いてたのかもわからなくなって笑ってた。
悔しくて泣くことが多かった私が、そのうち寂しさや悲しさに涙するようになって、嬉しくても涙って出るんだってことを、全部スクアーロに教えてもらった。
出会った時から私の遥か先を走り続けている人だけど、その逞しい背中を必死に追いかけていたらあっという間に10年が経った。
後ろを振り返りもしない人だと思っていたのに、随分先から「俺はここだぞ」と呼んでいる。
立ち止まりもしない人かと思ったけど、私が足を止めたら必ず掬い上げてくれるような人だった。
「大丈夫だってば、もう泣き虫じゃないよ」
「それもそれで寂しいけどなぁ!昔の名前はびーびー泣いてたぞぉ」
「あんたが泣かせたんでしょ」
「俺は何もしてねぇぞ!?」
スクアーロが優しいせいで私は何度も何度も泣いたよ。
若い頃の不器用な優しさに気付いた時、私を心配する優しい瞳に、そして生きろと教えてくれた貴方に。
「…とっとと終わらせて帰るぞぉ!」
「急にやる気出してどしたの」
「はっ、ヤる気ってことだぁ!!」
おいおいおい、うまいこと言ってやったぜって顔されても困るよ。
どのタイミングでやる気スイッチオンになったの。
私は今日は昔のことをのんびり話しながら眠りたいのに。
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俺の背後の敵を見事仕留めた名前。
剣を構えた名前の瞳はしっかりと覚悟を持ったいい目をしていた。
簡単に死んじまいそうだった名前が、こんないい目をするようになったのは未来で何かを得たからなんだろう。
こいつが立派な暗殺者になるというのは実際を見たから認めよう。だが、名前にその覚悟をさせたのが自分じゃないということが多少気に入らない。例えそれが未来の俺自身だとしても。
初めて人を殺めるというのはなんとも表現しにくい感情になるものだ。
ベルはそれが快感だったとかでうちにきたトチ狂った奴だったが、大抵の人間はいい気分はしないもんだ。
俺にだって初めて殺した奴がいて、あのザンザスにだってそういう奴がいる。あいつがそれを覚えてんのかは知らねえが、俺は忘れたことはない。顔や名前なんてもんじゃない、あの一瞬の感覚を。人の命を止めるという行為を。
これから何百、何千と人を殺すことになったとしても、初めてっていうのは一度きりで今日という日が名前にとって忘れたくても忘れられない日になる。
「うっ、うぅ」
あぁ、こいつは真っ白だな。
後悔とか恐怖とか懺悔とかそんな言葉では表すことができない感情。これは経験した奴にしかわからない感情で、こいつはこうやって涙を流すんだ。
もう泣くなよと伝えたのは10年後の名前にだったが、10年経って立派になっても泣き虫はきっと変わらないんだろうな。
顔を上げようとしない名前は、小さな手を固く握り締めてただひたすらに地面を見る。肩も震えてるし、鼻をすする音や泣き声を抑えようと必死だ。
そんな頑固なところも可愛いっちゃ可愛いが、この小さな体にこれから降りかかるたくさんのことをこうやって溜め込んでしまうのかと思うと、いじらしくて見ていられない。
抱きしめて閉じ込めて、いっそこのまま何処かに隠してしまおうか。そんな風にすら思う。
「名前」
名前は名前を呼んだらピクリと反応して、ちょこん、と隊服の脇の辺りを掴んで堰を切ったように泣き出した。
これがこいつの精一杯の甘え方なんだろうな。
女の泣き止ませ方なんて知らねえし、俺はこうしてお前が泣いた時にそばにいて、その涙が枯れるまで掬い取ることしかできないが、他の野郎のところでは泣いてくれるなよ。
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