medium story

殺したい程憎らしい貴方へ





ぼふんっ


未来へいくのも4度目ともなれば慣れたものである。
身体が徐々に戻ろうとする感覚、私はこの世界において異物で、吐き出されようとしている感じ。
いつも不規則に切り替わるような視界に目が眩みそうになるけれど、そういえばいつもスクアーロ隊長がそばにいてくれたな、なんてこちらに帰ってきて気付く彼の優しさは多い。


「お帰りなさい名前」

「お前よく生きて帰ってきたな〜」


5分しか経っていないはずなのに随分と久しぶりのような気がするのは、この場の状況がすでにひと段落ついていたからなんだと思う。
辺りは少し煙たいし何かが焼けた匂いがする。しかし隊長達は焦った様子もないのですでに鎮火済みだろうか。

あちらはまだまだ戦闘中で、本当は呑気にキスなんてしている場合じゃなかったんだけど。
もっと言うと10年後のスクアーロ隊長にキスをしていいのは私じゃないはずなんだけど、私は拒むどころか受け入れて、さらに強請った。言葉や仕草で直接強請ったわけじゃない。だけど心の中で、もう会えないスクアーロ隊長をもっともっと感じたいって思ったのは事実だし、多分そんなこともスクアーロ隊長にはお見通しで、噛み付くような熱いキスをくれたんだ。


「泣いたのか」


少し離れた場所で私を見つめるのはこの時代のスクアーロ隊長。
すぐ大声を出して、うるさくて、怒りん坊で、俺様で自信家で、私を認めてくれない人。
私はこの人に追いつきたくて認めてもらいたくて、隣に立ちたい。


泣き腫らした私の顔は随分とブサイクなんだろうな。スクアーロ隊長は眉間にシワがよっている。たぶんまた泣いて面倒くさい女だなって思ってるんだ。
10年後のスクアーロ隊長なら絶対そんなことは思わないだろうけど、私はやっぱり涙を拭うのが下手くそな今のスクアーロ隊長のほうがいいな。


「スクアーロ隊長」

「…なんだ」


スクアーロ隊長の左手には血がべっとりとついた剣がつけられている。
一方私の右手には、剣先しか汚れていないような剣がある。これが今の私とスクアーロ隊長との差。


勝つか負けるかじゃない、生きるか死ぬか。
そんな中で生きるために相手には死んでもらう選択を取れなかった私は、その時点で負けていた。

殆ど綺麗なままの愛刀を構える。

スクアーロ隊長に教えてもらったんだ。

殺す意味じゃなくて、生きる意味をくれた人。


古い時代の日本で生まれたとされる私の流派は、踊るように人を斬ると言われている。
人を斬るという行為に繊細さや華麗さは不必要だと言われることも多かったけど、私はそうは思わないしたとえしていることは残虐なことなんだとしても、斬る人への敬意を払い美しく魅せようとする気持ち、今ならわかる。


目指すはスクアーロ隊長の隣へ。


肩を並べて、背中を預けて、命を預け合えるような、そんな関係になりたいとそう願った。
スクアーロ隊長の銀の髪と顔を出し始めたばかりの月がとても綺麗だった。


ザシュッ


「ぐ、ッ」


心臓を一突き

刀身はようやく血を吸って本来の役目を果たした。
男から抜いた剣を振り付いた血を払う。


スクアーロ隊長はもちろん後ろで敵が起き上がったことも、背後から忍び寄っていることも気付いていたに違いない。
剣を構えた私を見て少しだけ驚いた顔をしたけど、その後すぐに笑ってくれたの。私から一切目を離すことなく、自らの剣を構えることもなく。
「やってみろ」そう言われている気がした。


見つめる地面が霞んでくる。ポタポタと溢れているのは私の目から出ている涙。
悲しいわけじゃない。怖かったわけでもなかった。ただ、達成感や嬉しいという感情も生まれてくるはずがなくて。これから先、そういう感情が芽生える日が来るのかもしれないと思うと少しゾッとする。
今日のこの瞬間の気持ちを、忘れてはいけないのだと胸に刻む。


「名前」


ふわりと香るのは、この血生臭い戦場で妙に安心するスクアーロ隊長の匂い。抱きしめられている、そう分かった瞬間少しは我慢しようと試みてた涙が一気に溢れ出す。
この匂いを知っている。
遠い遠い未来で、未熟な私を見守ってくれているはずのスクアーロ隊長とおんなじ匂いがする。


「よくやった、名前」

「…はい!」


初めてまともに名前を呼んでくれたスクアーロ隊長。
まるで暗殺者の名前としてこの世に生まれ落ちたみたい。


「スクアーロ隊長」

「なんだぁ」

「へへへ、ありがとうございます」

「なんのことだかさっぱりだなぁ」


貴方の命を守りたいだなんて
大それたことを言うつもりはないけれど、
いつか私が貴方を殺してしまえるくらい
立派な暗殺者になるその日まで、
どうか死なずに待っていて。


殺したい程憎らしい貴方へ fin.


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