medium story
雨を飼い馴らす
「っ、名前!!!」
ひとつ、銀の閃光が空気を切り裂いた。
その迷いなき太刀筋に飛んだ首は男のもの。
一瞬、自身の体温が急激に下がったような気がしたのは、飛んだ首があいつのものだと思ったからだった。
敵は全て命を奪って構わないと言われている。
それでもとどめを刺さずに中途半端な死に損ないを何人か作ったのは、あいつがただ守られるだけの女じゃないからだった。
実戦に出なければ得られないものもある。
ベルの言うことを間に受けるわけでもないし、あいつのやり方に賛同するつもりもないが言っていることはあながち間違っちゃいない。
あのまま名前をヴァリアー邸に閉じ込めておいたら、あいつの剣士としての寿命は物凄いスピードで短くなっていっただろう。
俺の目の届く範囲で、少しずつ、戦うということ以外のことを学んでもらうつもりだった。
「あ、思わずやっちゃったけどこの人誰!?どうしよう!警護中の要人とかだったら!」
「ししし、すっげータイミング〜」
「……………なんだあいつは」
「どっからどう見ても10年後の名前だろ」
容姿はそんなに変わってない。いや、少しだけ大人らしくなったのだろうか。
なにしろ発言と身振り手振りが今とほとんど変わっていないので、本当に10年経ったのか疑わしい。
10年後の名前に会ったことがあるらしいベルが駆け寄り状況を説明する。
聞きながら辺りに視線を配らせる様は、場慣れしている、そう解釈して良さそうだ。
その成長が嬉しくもあり期待も膨らむと同時に少しだけ残念に思ったことは秘密にしておこう。
「あらやだ名前〜!?いい女になったじゃなーい!」
「そう?ありがとルッス!あ、ルッスーリア隊長ってお呼びした方がいいかしら?」
「ふふふ、あんた出世したのね〜」
「おい名前、お前もしかしなくても任務中だった?だとしたらやばくね?あいつ死んじまうぜ」
未来からきた名前の手には剣が握られており、それはそこらへんに転がる男の血で濡れている。
どんな任務についていたか知らねえが、今のあいつにはきっとどんな任務だってこなせない。死に損ない相手に苦労していたくらいだというのに。
心配や不安なんてものの次元じゃなかった。
今のあいつには敵を切り捨てることができない。そう自信を持って断言できる。
その証拠に名前の周りに倒れている連中は、首を飛ばされた奴以外は僅かながら息がある。とどめを刺していないのだ。中途半端なことしやがって。どの道、今ここでとどめを刺さなくても助かる見込みはないだろうが。
「この時代の私なら大丈夫!剣帝様と一緒の任務だから」
「う"ぉおおい!俺かぁ!?」
「……誰もスクアーロだなんて言ってないじゃない。相変わらず自信家ね」
「その喋り方やめろ」
「なによ?」
「なんだよ?」
「ちょちょちょ!痴話喧嘩もいいけどとりあえず移動しね?火の回りが思ったより早い」
ここ最近じゃ雨も少なく空気が乾燥していたこともあってか、それとも何か火の回りを手助けする物でも予めぶちまけていたのか、どちらにしても此処ももうじき火がくる。
相変わらずボヴィーノが動く様子もない。
「火は止めないの!?」
「止めるってどうやってだよ」
「あっなるほど」
10年経ってもアホはアホらしい。
普段は隊長相手に多少かしこまって生活していたんだろう。この気の抜けた顔が本来のこいつか。いや、いつも気は抜けてたし文句は垂れるし口答えもしてくるうるさい奴ではあったけどな。
そんなんでも可愛げがあった。スクアーロ隊長スクアーロ隊長!と俺の後ろを必死についてこようとするので、あえて歩幅を緩めることなくパタパタと小走りするあいつを見て笑ったのが懐かしい。
「ここは私にお任せを!」
開匣!
元気よく唱えたのはいつだか見た未来の記憶ってやつの中でも聞いた言葉だった。
炎をリングに灯して戦うのはまだこっちの時代の主流じゃない。未来の記憶や情報により、少しずつ覗いた未来に近付いてはいるが、現代の技術を駆使して作り出すにはもう少し時間がかかるだろう。
沢田達は未来の匣アニマルをアルコバレーノの力によってこちらの世界に連れてきているんだとしても、俺たちの匣兵器とやらはまだ存在していない物だった。
匣の中から飛び出したのは青い炎に包まれた鷹。
鋭い嘴と鉤爪、そしてなによりその目つきが狩りをするものの目をしていた。
空中を旋回しバサバサと羽音を立てながらこちらに向かってきた鷹は、名前がスラリと構えた右腕を通り越しーー
「う"ぉおおい!なんでこっちなんだぁ!」
「あー!今のはかっこよく決めるところだったのにぃー!」
お任せを!なんて言っておきながらこのザマだ。締まらないにも程がある。
頭の上に降り立とうとした鷹をギリギリのところで避けた俺に、気に入らないとばかりにピギィー!と鳴く。うるせえ。
鷹は仕方なく差し出した腕にとまり、今度は少しばかり得意げにピィ!と鳴いてみせた。なんだこいつは。
「おーこれが名前の匣アニマル?イカすのにしたじゃん」
「この目が誰かさんにそっくりでしょ?私のお気に入りなの!これくらいの火災ならこの子で鎮火できる」
名前の指輪に炎が灯り鷹は勢いよく空中へと飛び立った。
当たり前だがこいつにも俺と同じ雨の炎が流れていて、一応この時代の名前にも雨の炎は流れている。それは入隊後の組み分けの時に見ていたので知っている。
ただあれは、ボンゴレの科学者どもに無理やり作らせた組み分け専用のリングで、死ぬ気も覚悟もいらず強制的に生命エネルギーを喰うリングだ。
10年経てば少しは暗殺者らしくなるらしい。
すぐにぽっくりと逝っちまうんじゃないかとばかり思っていたが、こうやって成長した姿を見ると育てがいっていうもんも湧いてくる。
偶然にも同じ剣士。
俺から学ぶことは多いはずだし、この俺の部下なんだ。俺の背中を追いかけて強くなればいい。
「もうすぐここにきて5分かな」
「火は消せそう?」
「うん、大丈夫そう。私が過去にくるのもこれが最後だと思う」
「ししし、レイに会わなくてよかったわけ?」
「あー!そうだね結局レイには会えなかったな〜よろしく言っといて!」
「名前のくせに王子を伝言係にするとか生意気」
ベルの投げたナイフは名前の後ろの木の幹に刺さった。
数分前までその木から一歩も動けなかった新米が、ベルのナイフを笑いながら避けてやがる。
遠くでピィー!と鳴いた鷹。
どうやら火は消し終えたようだ。
「スクアーロ…隊長」
「なんだその不服そうな顔はぁ!」
「見ててください。貴方を隊長の座から引きずり落としてやるのは私です!」
「はぁ!?お前なんかに俺がやられるわけーー」
チュッとリップ音が響き、名前が離れていく。
目も閉じず固まったままの俺を指差しながら笑うベルはとりあえず後で三枚に卸す。
「仕返し!」
「なんのだぁ!!!俺がてめえに何をした!思いっきり髪の毛引っ張りやがって抜けたらどぉすんだぁ!!!」
「大丈夫大丈夫。10年後も憎たらしいくらいのサラサラストレートですよ」
知るか!!このスペルビ・スクアーロが!剣帝に一番近いと言われているこの俺様が!
女からの不意打ちに文字通り手も足も出ないなんて、あっちゃならねぇ。ザンザスの為に伸ばし続けたこの俺の自慢の髪を、こんな使われ方したのは初めてだ。伸ばし始めてちょうど10年。
暑苦しいと思う日も、上手くまとまらなくてイライラした日もあったが、今日ほど伸ばしたことを悔やんだことはねぇ。
「みなさん、そろそろ時間みたいです。未熟な私をどうぞよろしくお願いします!」
「ええ、もちろん!いいもの見せてもらっちゃったしねーん!」
「まじお前サイコー!」
「バイバイ、10年前のスクアーロ」
お前はそんな風に穏やかに笑える奴だったのか。
馬鹿みたいに笑う顔、うまくいかないことが悔しくて拗ねてる顔、剣を握る時のギラついた瞳。
両目からポロポロと溢れる涙。
俺はお前を笑わせることも涙を止めてやることもできなかったな。泣く女なんてのは面倒だと思ってたが、あいつの涙だけはほっとけねぇような気がするから余計に面倒くせぇ。
「もう泣くなよ、名前」
ピンクの煙の中で涙目の名前と目が合った。
さっそく泣いてんじゃねえかよ。
その涙をふいてやんのは俺の役目じゃねぇからな。
せいぜいこれからも俺の背中を追いかけて生きればいい。俺は、お前なんかに簡単にやられるような男じゃない。
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