medium story

キライキライと愛してる





「名前!!!」


薄れゆく意識の中でやけに切羽詰まった隊長の声を聞いた。

なんだ、スクアーロ隊長って私の名前知ってたんだね。







「だ、誰だ貴様!」

「!…っなに!?」

「う"ぉおおい!よりによって今かよぉ!」


40ほどあった殺気が物凄いスピードで消失していく。命を断たれた者もいるだろう。戦意を喪失した者もいるだろう。

私の元へとやってくる者は戦意だけは最後までなくすことがなかったものが多かったように思う。

もう息も絶え絶えで人によっては自らの獲物を何処かに落とし、しかしその身一つでも残っているのならとここまできたような人達。


この10年バズーカが彼らにとってそんなに大事なものとは思えなくて、彼らにとって何より大事なのはきっと奪うのが10年バズーカであろうと違かろうと関係ない。

任務を遂行する

それが上からの指示であり最優先事項だった。


もう動けないと思っていた人間が、最後の力を振り絞って襲いかかってくる。剣も銃も何も持たない人間にそう簡単にやられるわけがないと、今までの私なら思っていた。武器を持たないフラフラの人間相手に負けるわけがないと思っていた。


振り上げた剣、人の肉を裂く感触。


「…………」

「ひっ、」


怖い。

そう思った瞬間、私の負けは決定した。


既に痛覚も麻痺しているのか、自分の腕1本くらいくれてやるという覚悟がその目にはあって、骨にあたり止められてしまった剣を抜き取ることができずにいる私をジリジリと押し返してくる男。

こんなに怪我をして立つのもやっとだと言うのに、その目だけは死んでいない。
痛みに声を上げることもない。
目の前の私を、もっと言うと10年バズーカしかもう見ていないんだ。


怯んだ私をさらに強い力で押し出し、ついに後ろの木の幹に叩き付けられる。
傷ひとつ負っていない人間が、死に損ないの人間に追い詰められると言うのはどれだけ滑稽だろうか。


「うっ、」


伸びてきた手が首を絞めつける。
ぬるりと誰のものかも分からない血が付いた感触。

こんな場面は何百回だって想定してきたし、訓練だってしてきた。こう言う時にどうしたらいいかだって、何十通りも浮かんでくるのに。
助けを呼ぶために声ひとつあげられない。
目の前の敵を振り払うために動かせる身体が私にはあるはずなのに、どれも言うことを聞かない。


「すくあ、ろ隊長…」


絞り出した声は情けなくて、自分の耳にだってやっと届くくらいに小さなものだった。
私が声を上げたことで敵の首を絞める力も強くなってしまった。背中に背負う10年バズーカの入ったリュックサックが背中に食い込んで苦しい。
何度か幹に叩きつけられたことですでに片方の肩にしか引っかかっていないような状態だ。


ぼふんっ


目の前の男がピンクの煙に包まれながら目を見開いたのを見た。そしてその驚いた表情のまま、男の首は飛んでいく。


煙が晴れた時、私の目の前には驚いた表情の男が1人いた。
しかし先ほどまで私の首を絞めていた男とはまるで別人だし、見たところ身体に怪我を負った様子もない。それでもこっちを怖いとは思わなかった。

そんな男も2秒後には物言わぬ死体となって地に伏せた。


「今回はまた随分なタイミングできたなぁ!」

「…すいません」

「そうじゃねぇよ」


10年後の私もどうやら任務中なようで、スクアーロ隊長の言うように凄いタイミングで入れ替わってしまったようだ。
たぶんリュックサックから弾がこぼれ落ちたんだろう。それがなければ今頃私は良くて意識を手放していたか絞め殺されていたか。
どちらにしても10年バズーカを守りきれなかったと言うことになる。


「じっとしてろ」

「……………」

「任務に出たのか?」


スクアーロ隊長の腕が伸びてきて、私の頬を拭っていく。首を絞められて生理的な涙が出ていたみたい。いつか私の時代のスクアーロ隊長も同じように私の涙を拭ってくれたけど、それとは比べられないくらい優しい手つきだった。
こんなに優しい手つきなのに、こちらに伸ばされる腕を怖いと思ってしまった身体がビクッと反応する。

首筋を確認したスクアーロ隊長はどうやらなんでもお見通しといった感じだった。


ここは見慣れない屋敷の中。

此処とは違う階でガラスの割れる音や銃声が聞こえる。

夜の森から建物の中へ。急な明るさに目が慣れる頃、遠くで断末魔が響いて消えた。

「任務に出してもらえない理由とやらは分かったかぁ?」

「………………」

「泣くな。それが今のお前の暗殺者としての実力だぁ」


ようやく分かった。分かってしまった。

いくら剣技を磨いてもスクアーロ隊長が認めてくれなかったのは、剣士としての実力が足りていないからじゃない。
暗殺者としての覚悟が私にはまだなかったんだ。


強さというものをはき違えてた。


正々堂々と行う勝負なんかじゃない。
どんなに卑怯で汚い手を使おうとも、生きて任務を遂行する。
自分の身を守るなんて甘っちょろいものじゃなかった。

人の命を奪うこと。

その覚悟が私にはなかったんだ。


遊び半分でこの道を選んだつもりもないし、物心がついた時には既にこの世界に入るんだと疑わなかった。夢や希望を持つような煌びやかな世界ではないけど、それでも私なりにスクールもヴァリアーでの生活もやりがいを感じていたしやっていける自信もあった。

だからこそ早く任務に出て活躍がしたかったし、どうして任務に出してもらえないんだろうとスクアーロ隊長に八つ当たりもした。


スクアーロ隊長はむしろすぐにでも死んでしまうような新人に猶予をくれてたんだ。
覚悟を決める時間をくれてた。


「俺の優しさが身に染みて惚れただろ?」

「…………ぜんぜん」

「可愛くねぇ奴だなぁ!」


口では可愛くないなんて言ってくるくせに、その目がすごく優しくて擽ったい。
だけど本来、その優しくて甘い視線を受け止めるのはこんな泣きべそかいた私じゃなくて、10年経ってスクアーロ隊長と肩を並べて任務につけるようになった私。

今の私じゃ、スクアーロ隊長の隣には立てないし、本当にすぐ死ぬんだろう。

あんなに楽しそうに敵に向かっていくスクアーロ隊長の足手纏いになってしまう。そんなの絶対に嫌だ。スクアーロ隊長には私のことなんか気にせずに思う存分暴れて欲しいと思う。それが1番、獰猛なサメと呼ばれるスクアーロ隊長に似合うと思うし、いつも自信満々で俺様でドヤ顔決め込むスクアーロ隊長らしいと思う。


「生きろ、名前」


死にたいだなんて最初から言ってないよ。

死ぬのは怖い。死にたくない。


「生きて、お前を待つ俺の元に帰れ」


待ってるなんて聞いてないし。

どうせ待ったりもしてないくせに。


「生きて、生きて、生きて、
10年後も俺の隣にいると誓え」

「なに…それ…意味わかりません」

「俺がお前の生きる理由になってやる。何があっても生きて俺の元に帰れ。」


こんなムードもへったくれもないところで、そんな小っ恥ずかしいことを、こんなにドヤ顔で言い切れる人他にいない。

未来なんて一つ選択を違えば全く違う未来になってしまうのに、全く違う未来を歩んでいく可能性が今の私にはあるというのに。
何度確かめたって、このスクアーロ隊長にしか会えないし、どんな選択をしてきたって結局このスクアーロ隊長が待つ未来に向かうんだと根拠もないけど思えてしまう。

そして私の世界のスクアーロ隊長が、10年経てばこうなることも分かる。


何度も何度も、別れ道はあって選択を迫られる。

何度も何度も、壁にぶつかって立ち止まって、それでも未来へと進んでいく。

どんな道を歩んできても、ここに辿り着くんだとしたら。


「待ってて、くれますか?立派な暗殺者になって、スクアーロ隊長の隣を堂々と歩いていけるようになるまで!」

「あぁ」

「待っててください!スクアーロ隊長を倒しちゃうくらい凄い奴になってみせます!」

「あぁ、10年じゃまだ無理だがなぁ」

「10年でも20年でも!いつか絶対!スクアーロ隊長をぎゃふんと言わせる暗殺者になってみせます!!」


もう涙で目の前はぐしゃぐしゃだった。

だけどきっと、これが10年後のスクアーロ隊長に会える最後だと思うから。
涙で歪んでしまうけど、子供みたいに泣きじゃくる私を優しい顔付きで見つめるスクアーロ隊長を、この目に焼き付けておきたい。


「生きろ、名前」

「はい」


死ぬなでもなく、殺せでもない。

生きろと教えてくれる人。

私の涙を拭うのがとても上手い人。

噛み付くようなキスの中に溶けてしまいそうな甘さを持っている人。

10年後のスクアーロ隊長とのキスは、いつも涙の味がする。


title by:誰花


prev|next

[戻る]
- ナノ -