medium story

何処にもなかった誤算





「いてててて…」


太陽は完全に姿を消して辺りを暗がりが包み込んだ。
漸く私達のこの真っ黒な隊服が馴染んだというところだろうか。

ベル隊長は見るからに身軽そうだけど、背の高いスクアーロ隊長や身体つきのいいルッスーリア隊長もそれを感じさせないくらい軽やかに木々の間を走り抜けていく。
初めて通る場所だというのにまるでルートが分かっているかのように迷いもなく、地上を走るのとそう変わらない。


私はというとスクアーロ隊長の通ったルートをぴったりと後からついていっていた。
最初はベル隊長の後に続こうと思ったのに、気配でなんとなくそれを察知したベル隊長が選択するルートを少し変えてきたのだ。
その通りについていったら妙に枝が細かったり、わざと足場の悪い木を選択したり。

それに気付いてムッとした私のことを丁度よく振り返ったベル隊長が笑った。

くそ、イタズラされている。

そんなわけでスクアーロ隊長が一番無難なコースの選択をしているので、スクアーロ隊長の通った道を追いかけることとなった。


そして現在、地面とお尻がこんにちは状態です。
もう夜だからこんばんはか。いや、どっちでもいいか。

これはスクアーロ隊長のルート選択のミスでもなんでもなく、私が足元への注意を怠った結果なんだけど。


お尻が痛いのと少し恥ずかしいというのもあって、なかなか腰をあげられなかった私を隊長方は木の上から様子をうかがう。
そして自分のことだけで周りを気にしていなかった私が、その異変に気付くのと剣を抜いたスクアーロ隊長が上から降ってきたのがほぼ同時だった。


「う"ぉおおい!いつまで地面にケツつけてるつもりだぁ!」

「どういう状況なんですかこれ」

「見ての通りだ。10年バズーカをご所望のチンピラ共、ざっと40ってとこかぁ?」

「囲まれてる…」


確かに敵の気配は複数あって、でも1人として姿を確認することはできない。この森の中と暗闇をうまく利用して身を潜めている。いや、潜めていた。

潜めていたからこそ私みたいな新人が走ることに集中していて気がつかなかったけど、もっと前からいたのかもしれない。
そして今、奴らは身こそ隠しているものの気配を潜めるつもりがない。360度、私がわかる範囲でもぐるりと囲まれている。仕掛けてくるつもりなんだ。


「皆さん、知ってましたね?」

「あったりー!さて、いつから知ってたでしょーか?しししっ」


そんなの、きっとはじめからに決まってる。
ベル隊長はイタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべながら、尻餅をついたままだった私を引いて立たせてくれた。


「おい、新人。これからがお前の本当の初任務だ。10年バズーカを狙う輩を殲滅せよ。ボンゴレ10代目からの指令だぁ!」

「…っ、はい!!」


まるで小さな子供のように元気な返事をしてしまって少しだけ気恥ずかしかったけど、絶対馬鹿にしてくると思ったベル隊長は私の頭をコツンと小突いて「いいお返事じゃん」と言いながらさっそく森の中に消えていった。
その直後聞こえてくる断末魔。
笑っていたベル隊長はやっぱりあの時見た暗殺者の顔をしていた。


隣にいたはずのルッスーリア隊長もいつの間にかいなくなっていて、ベル隊長が消えたのとは別の方向からドサドサと人間が地面に落ちる音が聞こえてくる。
どうやら身軽なお二人は木の上に潜む敵を引き受けてくれているようだった。


そうなると剣士である私とスクアーロ隊長が、地上にいる敵の相手だ。


「狙いはお前の背にある10年バズーカだ。渡すんじゃねぇぞぉ!!!」


スクアーロ隊長は獰猛なサメなんて言われている。
普段はベル隊長のほうがよっぽど血に飢えていそうだけど、こうやって敵を目の前にした時のイキイキとした目はまさしく血の匂いを嗅ぎつけたサメそのものだし、少年のようでもあった。
眉間に皺を寄せている顔をよく見ていたからか、あんなに楽しそうに目をキラキラさせて敵に突っ込んでいくスクアーロ隊長がとても眩しく見える。

10年バズーカはお前に任せた

そう言われたような気がする。


10年バズーカが私の背にあるということは、敵の狙いも自ずと私に向く。
それでも私の元へとやってきた敵は、すでに隊長方から攻撃を受けている者で辛うじて動いているようなレベルの奴らだった。フラフラと足取りだって覚束ないのに、それでもこの人達はこの人達に与えられた任務を全うするために10年バズーカの元へとやってくる。

任務ってこういうものなんだ。







「チッ、張り合いのねぇ奴らだなぁ!」


おかしい。

確かに俺たちは敵の思う通りにこの森の中で囲まれてやった。それすらもこちらの計算のうちだったわけだが、どうにも手応えのない奴らばかりで胸騒ぎがする。

ヴァリアーの幹部を相手にしようって連中が、人数集めたってこんなに弱いんじゃ一瞬でケリがつく。数でもの言わせるにしては40人そこらじゃ話にならねぇし、一人一人は雑魚みてえに弱い。
こんなことなら本当に俺たちじゃなくたって、良かったんじゃないか。


最後の1人を切り捨てて辺りが妙に静かになった時、不自然な火薬の匂いに気付いた。


「やばいぜ、あいつら森に火つけやがった」

「チッめんどくせえことしやがる!」

「大方、ボヴィーノへの腹いせってところねぇ。あんまり強い子達じゃなかったもの」


力ずくで10年バズーカを奪えなかった時のためにでも、あらかじめ準備していたんだろう。
この森のどこかにアジトを構えるボヴィーノへの嫌がらせとしては十分効果を発揮するだろう。
この面積の森に火が回り始めたら止めるまでに相当な時間がかかる。


どうせボヴィーノの奴らもこの様子はどこかから見ているだろうし対処はするだろう。それでも火の回りの早さのことも考えるとヴァリアーとしてもこのままにはしておけない。本当に双方にとって面倒極まりない事態に持ち込んでくれたものだ。


「敵は全員片付けたか?」

「王子の方はバッチリ」

「あたしも気にいるような子はいなかったわ〜みんなひょろひょろ!」

「向こうもーーー」


振り返った先で、ひとつの首が勢いよく切り離される瞬間を見た。


「っ、名前!!!!」


あいつの名前を呼んだのはこれが初めてだった。


title by:誰花


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