medium story
零れ落ちるは花滴
今年の新人は豊作だ。
そう言っていたのはどこのどいつだったか。
たくさん入れりゃ良いってもんでもないし、かといってじっくり厳選して入れたはいいものの呆気なく死んでいった奴をたくさん見てきた。
新人に多くを求めすぎるのは良くない。
これが俺が何年もヴァリアーの隊長をやっていて学んだことだ。
今年雨の隊には3人の新人が配属されてきた。
大柄な男が1人、剣士が2人、うち1人は女。
女以外の新人はうちに来る前からこの業界で食ってきた奴だと言うのは見たらわかったし、既にこの世界で生きていくのに不必要なものはあらかた捨ててきたといったような奴らだったから適当な任務に出した。実力はまぁ並みってところだ。
これから経験を積んでいけば腕もそこそこになるだろうし、まぁ気を抜けばポックリ逝くんじゃねぇのかってところで、せいぜい気は抜かずにヴァリアーに貢献してもらいたいものだ。
「私の初任務はいつですか!?」
新人の中で1番剣士として才能がありそうで面白そうだったのが女だった。
こちらはついこの間までスクールに通っていた学生で、歳もまだベルと同じくらいだったか。
この世界で生きていくには穢れを知らなすぎる真っ白なガキだった。
剣の筋は悪くねえし、基礎体力も瞬発力もそこそこにある。日本の血が入っているからなのかそういう流派なのか日本舞踊の舞のような足運びを見せるのも悪くねえと思った。
だがいくら剣技が見事でも、剣士としての強さが一流だとしても、こいつが任務に出たら真っ先に標的にされるだろうしそのまま簡単に殺されるだろう。
任務に出たいと騒ぐあいつの望み通りにしてやったって構わないが、どうもそれでは勿体無いと思っちまったのもまた事実。
だからザンザスに無理を言って新人教育期間という名の1週間の休暇をもぎ取った。
あいつにはそれなりの実力もある。
女には女の身体の使い方ってやつがあって、そればっかりは男が真似しようにもどうにもうまくいかない所がある。
負けん気もあるしメンタル面も柔じゃない。
ただ1つ、たぶんあいつは人を殺めたことがない。
一度それを経験したのとしていないのとでは大きすぎる差がでる。
あいつはまだ人を殺す覚悟ができてない。自分の命を守るだけじゃ任務は終わらない。
敵から身を守るんじゃなくて、敵を斬り息の根を止めその屍を超えていく。
時には仲間だった奴を踏み越えていかなきゃならねえ場所なんだ。
稽古中はギラついた結構いい目をしてやがったが、あれだって別に俺を殺してえと思ってる目じゃないことなんてすぐにわかる。
目の前の敵を殺してでも生きてヴァリアーに帰ってくる。そんな気迫があいつにはねえから任務には行かせねえんだ。
それをあいつに説明してやろうという気はさらさらない。人に言われて身につくもんなら苦労しねえよ。
ただこのまま雑務をやらせていても何も変わらないこともわかってる。
さて、どうしたものか。
そんな時に、過呼吸を起こし座り込むあいつを見つけたもんだから柄にもなく心配もしたし落ち着くまで側にいたし、自分の声が大きいっていう自覚はあるから一応小さめにしたりもしてみた。
走った訳でもなかろうに、あそこまで息を乱すのは精神的に何かあったか泣いていたか、まぁそんくらいだろう。
苦しさに堪える小さな肩は震えていたが、俺の腕を掴む力は想像していたよりも力強く「生」への執着を垣間見たような気がした。
苦しさゆえに生理的に溢れる涙を止める術を知らないガキ。
目の前で女が泣いているのに気の利いた言葉もかけてやれないオレ。
誰よりもこいつの剣士としての才能をかっているのに、暗殺者としてのこいつの芽を摘むようなことをしている。
「随分名前のこと大事にしてんじゃん」
いつだかベルに言われた言葉が脳裏によぎる。
そんなつもりはこれっぽっちもない。
あいつだってそんなことは望んじゃいねえだろう。
「はいはーいスクちゃん。ちょっといいかしらー!」
「今はオカマの相手してる場合じゃーー」
「あのね、今度の任務に名前も連れてったらいいと思うのよ!」
「あ?」
「ちょっとそんなに怒らないでよ!」
今度の任務とやらは久しぶりに隊長格で当たる任務のことに違いない。
俺とベル、そしてルッスーリアがいくようザンザスから指示の出てるもんだ。
俺たち隊長格が揃って任務に就くことも珍しいが、今回のは依頼が依頼ってだけで難易度が高いわけでもねえし何事もなく終了すればCランクに位置付けてもいいような任務になるはずだ。
何日か前からこの部屋に増えたダンボール。
その中身はベルが日本の牛のガキから預かってきた10年バズーカと特殊弾だ。
ボヴィーノに昔から伝わる10年バズーカの仕組みは未だに門外不出を貫き通していて、その秘密を守ることにボンゴレも協力している。
時間の制限はあるものの未来に行けるというのはやりようによってはその場を制することのできる武器にもなり得る。
まだ小さなガキが本来持ち歩いていて良いものではないし、それを狙う輩も少なからずいるわけだ。
今回雷の守護者ランボが日本の小学校に上がったのを機に、奴から10年バズーカを取り上げるという選択肢をとったのは他でもない沢田綱吉だった。
何かあればすぐに10年バズーカをぶっ放し未来に逃げ込むランボの矯正をはかるためだ。
事あるごとに未来の自分を呼び、その場を10年後の自分に解決させている。それでは雷の守護者としてランボの成長に繋がらないだろうというのがひとつと、その10年バズーカを狙っている輩からランボを守るというのがひとつ。
そんなわけでたまたま別の任務で日本に行く用事のあったベルに、あたかも牛ガキからパクってきたように見せかけてイタリアへ運んで欲しいと依頼があったというわけだ。実際、ランボにはそれを伝えていないためぶん取られたと今でも思っていることだろうがな。
ヴァリアーにある10年バズーカをボヴィーノに持っていくついでに、バズーカを狙う奴らも叩いちまえっていうんだから沢田もなかなか腹黒い奴だと思う。
「あれは俺たちだけで行う予定だろぉ」
「そうよー!10代目からの直々の命だし雷の守護者の私物の輸送ってことにもなってるしね。だけど極秘でもなんでもないしワタシ達がいれば下手なCランク任務に行かせるより安全よ?」
こんなもん依頼主が10代目じゃなかったらそれこそぺーぺーにやらせるCランク任務だ。
「それにあいつを連れてくってか?」
「何もなければそれでいいし、何かあっても隊長が3人いればどうってことないじゃない?怪我したら治してあげられるしね」
「……………」
ルッスーリアの言うことは一理ある。
ちょうどどうしたものかと思っていたところではあったんだ。
だが、あいつはまだ答えを出していない。
「スクちゃんが気にかけてることもなんとなくわかるわよ。あの子見るからにただの女の子だもの。でもね、人間何かを得るには何かを捨てなきゃならないものよ」
あいつが暗殺者として人の命を奪うことを学ぶとき、今の純真無垢なあいつはいなくなる。
「勿体無えな…」
「あらあら。可愛い子には旅をさせよって言うじゃない」
「っそんなんじゃねえぞぉ!」
「何が違うって言うのよ!んもぉーこれだから男ってやだわぁ〜!花は温室で育つより雨風にさらされたほうが美しく咲くんだから!」
花に例えられるほどお淑やかな女じゃねえけどな。
ただあいつに泣かれるとどうも調子が狂う。
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