medium story

悲しみをひとりきりにした





3度目の未来から帰ってきた私は、ズルズルとその場に座り込み少し早くなっている呼吸を正常に戻そうと必死だった。


「ハッ、ハッ、ッハ…」


うまく息が吐けない。
焦れば焦るほど苦しさは増すばかりだし、空気を取り入れたくても吐き出せないのであれば吸い込むことができないのは当たり前のことだった。

加えて未来から連れ戻されるあの感覚に当てられたのか、それともただの酸素不足か視界が霞みかけていた。


ガチャリと隊長室のドアが開いた時には、あぁそろそろやばいな〜なんて他人事のように考えるまでになっていて、息を吸うことも吐くこともやめてしまったほうがとりあえず楽なんじゃ?なんて思ったくらいだった。

この部屋にノック無しで入ってくるのなんてスクアーロ隊長かベル隊長くらいしかいないし、そのどちらであったとしても今の私は会いたくなくてでもまぁ一応隊長だしこんな下っ端でも目の前で苦しんでたら見捨てはしないのだろうと変に自信だけはあった。


「…チッ、このクソガキが!」


デスクの上にあった適当な茶封筒を引っ掴んで、私の顔面をそこに突っ込んだのはどうやらスクアーロ隊長らしい。隠すこともない盛大な舌打ちと、「面倒ごとを持ち込みやがって」と心の中のセリフまで聞こえてきそうなくらい機嫌はよろしくないらしい。いい気分はしないか。


「吸おうとすんな吐け」


言われなくたって分かってる。
無意識に伸ばした手が何かを掴んで爪が食い込むほど強く握っているという自覚はある。たぶんスクアーロ隊長の腕だ。
自分で吐いた二酸化炭素を再び自分で吸い込んで、吸え、吐け、と短くも的確なスクアーロ隊長の指示を脳に伝達させて、ようやく苦しさから解放された。


「…………」


スクアーロ隊長は何があったとかどうしたとかそんなことを言葉にしてはこなかったけど、私の様子を伺っているということはなんとなく分かる。
何も聞いてこないのは追いつめるような言葉は控えようとしたんじゃないのかな。そんな気遣いができるか知らないけど。聞かれても答えるつもりもなかったし私自身だってびっくりしているんだから、何も答えられるようなことがない。

ただ無性に泣きたくなったんだ。


「も、だいじょぶ、です」

「お、おう」

「すい、ませんでした」


まるで全力疾走をした直後のように全身から力も抜けて何より話しづらい。意識して呼吸のリズムを長めに保たないとまたいつ同じことになるのかと思うと怖かった。


知らぬ間に流れていた涙の跡を袖口が湿っていくのも気にせずに拭き取っていくスクアーロ隊長。未来のスクアーロ隊長はもうちょっと優しくスマートになおかつキザったらしく涙を拭ったものだけど、私の時代のスクアーロ隊長はどうも泣いている女の扱いは苦手に見えた。

スクアーロ隊長が拭き取ったそばから、温かい涙が頬を伝うので右へ左へとスクアーロ隊長も忙しそうだ。律儀にどちらの涙も掬い取ろうとするスクアーロ隊長がなんだか面白くて、「あはは」と笑ってまた涙が零れ落ちる。


「お前、笑うなら涙は引っ込めろよ」

「勝手に、流れてくるんですもん」

「自力で止めろよぉ。俺は女の泣き止ませ方なんて知らねぇからな」


そう言って、今度は右頬の涙の筋を拭き取りにかかる。

こんなに不器用な人が、10年後あんな風になってしまうなんてやっぱり想像ができない。
スクアーロ隊長に擦られまくって頬もヒリヒリしてきたし、そろそろ本当に涙も引っ込んでもらわないといつまでもこうしてスクアーロ隊長に拭いてもらうわけにもいかない。


こちらの世界に帰ってくる前に何か大事なことをスクアーロ隊長に教えてもらったような気がしたんだ。
だからこそ私は無性に泣きたくなったんだろうけど、残念なことに何を聞いたのか全く思い出せなかった。まるで夢のようだ。目が覚めた途端夢の世界は終わりを告げて、すーっと何処かに消えていく。それがどんなに楽しい夢であっても、悲しい夢であってもだ。


泣いてしまうくらい悲しいことでも言われたのか。


思い出したいようで思い出すのが怖くて、それでも大事なことだったというのはよく分かっていて。

複雑極まりない3回目の未来への旅は終わった。

title by:花洩


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