medium story

君のてのひらに還りたい





「コレに当たればいいんだよね?」


ひょんな事から2回も10年後の世界へと飛んだ私は、今回自らの意志でそれを実行しようとしている。

1回目はベル隊長のイタズラ

2回目は不慮の事故

どちらも行き着いた未来は同じ未来だったようだけど、きっと今回行く未来は今まで見てきた世界とは違うはずだ。


スクアーロ隊長に大量の書類仕事を持ち込むことから始まり、ゲロ甘のコーヒー、妙に味の薄いブラックコーヒー、いちごオレなんかも出してみた。その度にスクアーロ隊長は血管を浮き立たせて怒鳴り散らした。それを内心しめしめと思いながら、物理的攻撃と精神的攻撃を交互に与えている。


「10年後の自分が何をしているタイミングかっていうのも考えないといけないけど、なるようになるでしょ!」


弾はバズーカに装着せずともその効果を発揮することは経験済みだった。誰かにバズーカで打ってもらおうかとも考えたけど、痛みはないにしろその状況というのはやはり生きた心地がしない。それに共犯者を作ってしまうというのも気が引けた。


未来に行くこと、未来を知ることはやはり良いことではないんだろうなと思った。
こうして未来を変えようとすることも何か道徳的な部分でいけないことをしている気分になる。
だからこの計画は誰にも話したりしていないし、影響するのは私とスクアーロ隊長だけであるように注意しながら地道な嫌がらせを決行してきた。


今日は未来が変わっていることを確かめにいく日。

ベル隊長から10年バズーカを預かってから結構経つし、そろそろ返さなくてはいけない日も近いはず。最初からベル隊長が持ってきてもいいようなものではなかったはずなんだけどね。
私のここ何日かの努力は報われているのか、それを確かめにいこうという訳である。


ぼふん

3回目







「また来たのか?」

「……………帰ります。さようなら。」

「おい待て待て。来たばっかりじゃねぇか!」


また、ということは私はまた同じ軸の世界に来たということなんだろう。だからこのスクアーロ隊長に会うのも3回目で、スクアーロ隊長が私に会うのも3回目ということになる。

談話室だろうか、好きなように寛げるスペースとローテーブルにチェアー。花瓶にはセンスの良い生花が添えられている。あの屋敷にこんな優雅な部屋が存在するんだ。私は自分の部屋とトレーニングルーム、食堂、そして隊長室くらいしか活動範囲がないので知らなかった。


「スクアーロ隊長は前回私がお会いしたスクアーロ隊長ですよね?」

「それ以外あり得ねぇだろぉ!10年前の俺じゃ物足りず、時を超えて会いにきたのか?」

「スクアーロ隊長ってマゾヒストなんですか?」

「はぁ!?」


だってそれ以外考えられない。

あんだけイラつかせといたのに何も変わらないなんてあり得ない。なんで?一体私達に何が起きたっていうの!?
そもそも私はスクアーロ隊長に使い物にならない奴だと思われている。だからこそ未だに任務に出たことはないし、そんな下っ端の奴がイタズラしかけてきたりただでさえ忙しい隊長に大量の書類を持ち込んでみたりしていたらどんなお人好しだろうと評価は下がっていくはずだ。


未来は変わっていなかった。


「……名前こっちこい」

「…いやです」

「いいからこい」

「やっ、」


スクアーロ隊長に近付くと何をされるか分からないし、私は最近この人に色々とイタズラをしていたのでそれもなんだか気まずいし、いやでも今ここにいるスクアーロ隊長に被害はないけど。
なんの違和感もなくスクアーロ隊長の口から私の名前が出てくることが、むず痒くて仕方がない。嫌いでしょ。私のことなんて。

いうことを聞かない私の腕を掴み、思いっきり引っ張ってきたスクアーロ隊長に対抗しようと両足に力を入れて踏ん張る。それが保ったのもたったの3秒で結局スクアーロ隊長の腕の中だ。私を抱きしめたままソファーに座る。両腕でホールドされているだけでなく、両足でもホールドされていて身動き1つ取れやしない。


「は、離してください!」

「暴れんなぁ5分しかねぇんだぞ」


確かに私がこの世界に居れるのは5分しかない。だからってこうしてその5分間をスクアーロ隊長に拘束されて過ごす意味がわからない。
スクアーロ隊長が好きなのは10年前の使い物にならない新米の私じゃなくて、どういう経緯だか知らないけどこの時代の私でしょ。同じ名前という人間だからって私と10年後の私が同じ思考回路だとは限らないし、こういうことをされたって今の私は全然嬉しくないんだよ。


「からかうのやめてください」

「俺はいつでも真面目だぁ!何をそんなにピリピリしてやがる」


私の頬をスクアーロ隊長の右手が優しく撫でていく。


「お前はキレるとすぐ顔にでる」


まるで私のことをよく知っているような口ぶりだ。
未だぶすくれている頬をスクアーロ隊長の少し冷たい指先が、つついたり引っ張ったりして遊んでいく。
こんな顔をさせているのは紛れもなくスクアーロ隊長だというのに。それも含めて全て分かっているのかぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

どちらかといえばスクアーロ隊長が私に甘えているように見えるけど、実際甘やかされているのは私の方なんだろう。


「機嫌は治ったか名前ちゃんよぉ」

「離してください。治りません」

「何度来たって俺はこの時代の名前もそれから過去の名前もこうやって甘やかすぞぉ」

「私は甘やかしてもらいたいなんて思ってません!」


大事にしてくれなんて頼んでない。
任務に出たら死ぬだなんだと言われて未だに任務に出してもらえないけど、そんなのスクアーロ隊長の気にするところではないし死んだからってなんだって言うんだ。部下が1人減るなんてことこの世界ではよくあることだ。死にたがりなわけじゃない、決して早死にしたいと思っているわけでもない。私は剣士として与えられる仕事を全うしたいと思っているだけなのに。


「昔の俺がお前を使わねぇのは甘やかしてるからじゃねぇぞ。それとこれとは話が別だぁ」

「どうしてですか!?なんでスクアーロ隊長はーー」

「自分で考えろそんなもん」

「意地悪!離して!レイのところに行きます!」


未来のスクアーロ隊長もやはり答えは教えてくれなかった。考えても考えても答えなんて出ないから途方にくれているっていうのに。
やっぱりスクアーロ隊長はどの時代でも意地悪だ。


「俺の前でよく他の男の所に行くなんて言えるなぁ?」

「私スクアーロ隊長のじゃありませんので!」

「いずれなる」

「絶対になりません!!」


また視界が歪んだり元に戻ったりを繰り返し始めた。今までの経験から過去に戻る1分前あたりから少しずつ身体に違和感を覚え始めて、そのリズムが早くなる。脳みそがダイレクトに揺さぶられたような感覚は気を抜けば気分が悪くなりそうだ。船酔いに似ているかもしれない。

スクアーロ隊長の腕の中で暴れたせいかいつもより少し目眩が酷くて、仕方がないので身体の力を抜いてスクアーロ隊長に寄りかかる。私1人の体重なんてスクアーロ隊長にとってはなんの重みにもならないのかもしれない。


「スクアーロ隊長」

「なんだぁ?」

「私のことが嫌いならそう言ってくれていいんですよ。使う気もないなら残念だけど他所にいきます」

「ヴァリアー辞めるってか?」

「………。私は、剣士だから……」


10年後のスクアーロ隊長に伝えたって意味がないことはわかってるけど、今目の前にいるのは未来のスクアーロ隊長でそしてこのスクアーロ隊長だからこんなことが言えたのかもしれない。
同じスクアーロ隊長だけど私のことをそれなりに知っていて、私を甘やかしてくれる大人なスクアーロ隊長。


あぁ、もう目を開けていられないや。


「お前は立派な剣士だぜ。だが暗殺者じゃねぇ」


さようなら未来のスクアーロ隊長


title by:花洩


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