medium story

唇がかたどるかなしみの端





「……………嘘でしょ」


不恰好に片腕だけを腕まくりした状態で、私は再び10年後にやってきた。

2回目ともなれば「ここはどこ!私は誰!」みたいにはならないけれど、恐るべきはバズーカではなく中身の方だったなんて。ボンゴレに伝わる特殊弾のような効果があの弾自身に搭載されていて、バズーカ自体はただの引き金か。


何か嫌な予感がして例のダンボールを振り返った時には既に遅かったんだ。目の前まで迫っていた弾を避けれるわけもなくこうして私はまたここにきてしまった。弾だけ落ちてくるなんてシチュエーションは想定外だよ。しかも時間差って。


どうやら10年後の私は廊下を歩いていたようだ。5分経てば自然に元の世界に戻れるのだとしても、この5分間を無事に過ごすためには誰にも会わないのが一番いいよね。かといって廊下のど真ん中にいるのもどうかと思うし、どこかの部屋に入ろうにも自分の部屋はおろかここがどの辺りなのかも分からないとなると容易に動けない。絨毯もデザインが違うような気がするし、よくよく見れば廊下の細かいインテリアも私の知るものとは違う。


隊服さえ違わなければ隊員のフリをして5分間廊下を歩きながらやり過ごせたのに、この前見たスクアーロ隊長の隊服はデザイン変更されていた。あのデザインは隊長格のみの限定デザインだったりしないかな。しないだろうな。トイレに隠れていようか。


「動くな」

「っ!」


カチャリと首裏にあてがわれているのは拳銃に違いない。悲鳴をあげなかった自分を褒めてあげたいくらいなんだけど、それは生きて過去に帰れたらにしよう。声をかけられるまで後ろの人物に気付きもしなかった。よく考えなくてもここは10年後のヴァリアーで、暗殺部隊の根城でそこで生活をしていた私はもちろんなんの違和感も危険も感じることなく生活していたけれど。部外者にとっては息をするのも苦しいくらい居心地の悪い所であるはずだし、10年後の私がここにいるのだとしても私自身は部外者も同然で、そんな奴が廊下のど真ん中に気を緩めまくりで立っていたら、まぁこうなるだろうね。


「どこの者だ?それは旧デザインだぜ?忍び込むならもっと徹底的にーー」

「レイ!?」

「名前…」


聞き間違えるはずはない。10年経って少しだけ声のトーンが下がったような気がするけど、この話し方とか雰囲気は紛れもなくレイだった。
首裏に拳銃を突きつけられているにも関わらず勢いよく振り返ってしまった私の目の前には、当たり前だけど銃口があって、だけど私の目には拳銃なんて目に入っていなかった。


レイだ。10年後のレイだ!

前回も10年後のスクアーロ隊長に会っているけど、あの時は何が何だかわからなくて感動なんてなかったしそもそも10年後のスクアーロ隊長を見たところでどうもなかったけど。


「おっきくなってるー!!」

「お前は縮んだな。まだ入隊したてか?」

「うん!まだ1年目の新人だよ」

「どおりでちんちくりん」


そういって笑ったレイは相変わらず人を馬鹿にするのが好きなようだけど、見た目だけじゃなくて雰囲気もなんだかぐっと成長したような感じがする。レイも生きてる。私たち2人は10年後も生きてるんだな、この世界では。


レイの隊服はやはりデザインが変わっていて、この廊下で最初に出会ったのがレイではなかったら私はどうなっていたのだろう。考えたくもない。


「私ここに来るの2回目なんだ。前回はベル隊長のいたずらに巻き込まれて、この時代のスクアーロ隊長に会ったよ」

「え、スクアーロ隊長に会ったの?」

「会ったよー。急に部屋に来てさ?馴れ馴れしくてびっくりしたよ」


なんせ今は使えない奴もしくは雑用係だと思われているから、10年間で部屋に訪問してくるくらいには仲良くなったということなのだろうか。
体内に流れる炎が途中で変わることはない。つまり私は戦闘員としてヴァリアーに所属している限り、スクアーロ隊長の部下として雨の隊に所属し続けることになる。

仲良くなると距離が近くなるタイプだったか。


「おまえ新人感丸出しだな」

「しょ、しょーがないじゃん!新人なんだから!頭撫でんな!子供扱い禁止!」

「だって18だろ?ガキじゃねーか!おりゃー!」


ぎゃー!!なんてガキ臭い叫び声しか上げられない私も私だけど、人の頭を撫でくりまわして小さい子供の相手をするようなレイはなんだか楽しそうだ。
レイじゃないのにレイみたい。だけど私の知っているレイはこんな風にはしてこない。スクアーロ隊長程の違和感は感じないけれど、違う世界なんだなぁと思わずにはいられなかった。


「う"ぉおい!うるせぇぞぉ!廊下で騒いでんじゃねぇ!」

「げっ」

「…きゃ」


掻き混ぜられる頭にそろそろ目が回ってきていて、助け出してくれたことにお礼を述べようと顔を上げて固まった。
助けてくれたのは紛れもなくスクアーロ隊長である。あんなどでかい声で話す人がスクアーロ隊長以外にいてたまるものか。

問題なのは今現在のこの状況だ。

右腕を掴まれスクアーロ隊長に引っ張られたことでレイからの脱出に成功した私は、そのままスクアーロ隊長にダイブをかまし受け止められた。
受け止めてくれたはいいものの、何故かそのまま抱き込まれスクアーロ隊長の体温を全身で感じるハメとなる。


「隊長、そいつ10年前からきた名前っすよ」

「そんなもん見なくても分かる」

「驚いてるじゃないですか。放してやってくださいよ」


レイの言葉を受け緩まると思われた抱擁は、逆に強くなる。待ってよ苦しい。これ抱きしめられてるんだよね?羽交い締めにされてるわけではないんだよね?だったらもっとこちらのことまで考えた力加減にしていただきたいんですけど!?


「あの、スクアーロ隊長、離してください…」

「おまえ、離したらそいつんところに行くんだろうが」

「スクアーロ隊長より俺の方がいいってことだよな、名前」


ほら、おいでおいでーと後ろで呼んでる声がする。犬か何かだと思われてるのか。なんでもいいから今すぐ離してほしい。苦しいし顔が熱いし全身から湯気でも出そうなくらい。

いつまでも離そうとしないスクアーロ隊長の腕の中で暴れ出した私を、スクアーロ隊長も負けじと押さえ込もうとしてくる始末。


「いい加減にしてください!近いです!!!」

「近くて何が悪いんだぁ!いつもこんなもんだろぉが!」

「私は10年前からきてるんです。スクアーロ隊長のいつもがどんなもんか知りませんけど、私にはスクアーロ隊長にベタベタされる筋合いはありません!」


暴れまくったら腕が外れたので、スクアーロ隊長から距離をとる。レイの後ろに隠れようかとも思ったけど、先程どうせレイの方に行くんだろと言われていたのがなんだか癪で廊下の反対側の壁まで勢いよく下がった。


スクアーロ隊長が普段女に対してどういう風に接していても文句は言わないし言う権利ももちろんないけど、それに私を巻き込むのだけはやめていただきたい。
この前だってそうだ。急に部屋にきたと思えば過去の私のことを見たってほとんど驚きもせずにいたくせに、目元が濡れていることに気づいた時だけなんだか焦ったように心配なんかして。

そんな人じゃないはずだよ。

うるさくて俺様で人遣いが荒くて自信家なスクアーロ隊長しか知らないんだよ。


「どの口がそんなこと言ってんだぁ?」

「お、怒っても怒鳴っても無駄ですよ!近いものは近いし半径2メートル以内に近寄らないでください!セクハラですよ!」

「ぶはっセクハラっておまえ!」


ボスの笑い方出ちった!と笑い転げるレイに対してスクアーロ隊長も何か叫んでるけど、あんまりよく聞こえなくなってきた。もうすぐ5分か。また今回も無事に帰れるんだな。

長くなった前髪をガシガシと掻きながらこちらに近づいてくるスクアーロ隊長は、セクハラだとか言ったせいで機嫌が悪そうだったけど怒っているというよりは不貞腐れたような顔をしている。10年も未来にきているというのに、私の知っているスクアーロ隊長よりもなんだか幼い気さえして一体貴方は誰ですか?って感じだよ。


すでに私の背中は壁についているのでこれ以上下がることはできないけれど、この感じだと過去に帰るのはもう秒読みの段階だ。また、ふわ、ふわと視界が揺れ始め、目の前の光景が霞んだりクリアになったりを繰り返す。知っている。これの間隔が短くなって目眩がした時にはもう元の世界に帰っているんだから本当不思議体験だよね。


「おい、名前」

「な、んですか。近いです」

「俺はいつだってやりてぇようにやる。おまえはそれを受け止めろ。」

「だからなんで私がっーー」


視界の端でレイの驚く顔が見えたけど、全く同じ顔を私もしているんだろうね。
言葉を遮ったのはスクアーロ隊長の唇で、言ってやるはずだった言葉は私の唇ごと目の前の獰猛な鮫に喰われてしまった。


「っちょ、」
「黙ってろ」
「んっ」


目を閉じていないことに気付いたのか、それとも私が後ろのレイに目で助けてと訴えていたのがバレてしまったのか、スクアーロ隊長の大きな手で目を覆われてしまった。言葉を発するために開いた唇は、機嫌の悪いスクアーロ隊長をいとも簡単に受け入れる。

視界が真っ暗な分、感じることができるのはスクアーロ隊長の手の暖かさと少し冷たい彼の舌。それも一瞬で私の温度と同化した。


「どの時代のおまえも、全部俺のもんだ」


右目から一筋涙がこぼれた。


title by:花洩


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