medium story

あれを捨てない理由




「なぁ、名前。これしばらくの間預かっててくんない?」


そう言ってダンボールを開いて見せたベル隊長は失礼ながらちょっとだけ焦っているように見えた。珍しいこともあるものだなぁと思いながらダンボールの中身を確認した私は思わず「げっ」と声が漏れてしまった。

仕方がない。これはもう私にとっては恐怖の対象でしかなくて、ベル隊長と10年バズーカという最悪な組み合わせが今現在目の前にあるだけでも冷や汗が止まらない。もうお目にかかることはないと思っていたのにこいつは案外早く私の前に姿を現した。


「嫌ですよ!早く返してきてください!」

「日本にはまた行くからその時に持って帰る」

「じゃあそれまでベル隊長が責任持って保管しておいてくださいよ」

「馬鹿かおまえ。副隊長にバレたらネチネチネチネチうるせぇんだよ。あの糞真面目の根暗野郎だぜ?」


だぜ?と言われましても存じ上げません。

レイから話は聞いている。嵐隊の副隊長はとても静かな方で、ベル隊長とは正反対。だからこそあそこはバランスが保てているようなもので、ベル隊長が自由にやるためには絶対必要な人だ。
雨の副隊長が戦力面で隊長から絶対的信頼を勝ち得ているのに対して、嵐の副隊長は隊のことを任されているといっても過言ではない。事務処理の嫌いなベル隊長の代わりにそれをこなしているのは彼である。

それに加えてこうやってベル隊長が持ち込む厄介ごとを処理するのもきっと副隊長の仕事なんだ。見つかればベル隊長はきっとジェットに乗せられすぐさま日本に飛ばされることだろう。あれ、もしかしなくてもそれが一番いいんじゃない?


「諦めて自首しましょう」

「人を容疑者みてーに言うな」

「立派な窃盗犯ですよ!?」


パクってきたわけだしね。おちゃめに言ったってその事実は変わらないし。きっと雷の守護者の方もこれがなくて慌てているかもしれないし、普段どんな風に使っているのか知らないけど困るんじゃないだろうか。


「少しの間でいいから!おまえもこれで遊んでいいし!」

「遊びませんよ!こんな物騒なもの!」

「とにかくスクアーロに見つかんなよ」

「ちょ、ベル隊長ー!」


人の言うことなんてこれっぽっちも聞いてくれない人だ。

ベル隊長が持ってきたダンボールには10年バズーカとそれにつめる為の弾が入っている。軽々持ってきたから気づかなかったけどなかなかの重さである。スクアーロ隊長にバレるなって言っても、ここスクアーロ隊長の仕事部屋な訳だし。どう考えてもバレるんじゃない?むしろスクアーロ隊長に提出して、スクアーロ隊長経由で返してもらう?

いや、そうだとしてもベル隊長の言いつけを破るのもあとが怖いし…。


「とりあえず高い所に…っと」


同じようなダンボールならこの部屋にもいくつかあるしその隣に並べておけば流石のスクアーロ隊長でもすぐには気が付かないはず。書類などが並べられている背の高いロッカーの上に既に3つダンボールが並んでいるのでそこに加えることにした。
椅子に乗り重いダンボールを抱え上げる。ベル隊長にここまでやって貰えばよかったな。

肩に担いだダンボールはまだもう少し上げなければロッカーに乗らないだろう。椅子も不安定だしあまり横着なことをして落とすのも怖いので、一度ここで一息ついておこう。こりゃ頭に一度乗っけないと無理だな。こうやってもし落としたらとか椅子が動いてひっくり返ったりとかそういう心配ばかりしていると事実になってしまいそうだから、最悪の事態もしっかり想定しておいてそしてうまくいく想像をする。シュミレーション大事。

よくフラグが立つなんて言うけれど、そんなもの立てといたほうが万が一の時的確に動けるものだと思っているタイプだからこういう悪い想像っていうのはよくする。


「おらよっと!」


誰もいない部屋に私の男勝りな掛け声だけが響いた。誰にも聞かれていないとはいえ、少し恥ずかしい。いや、誰にも聞かれていないからこそ恥ずかしいのかな。

多少椅子も動いたけどダンボールから手を離さなかったおかげで転ぶこともひっくり返ることもなかった。あとはこのダンボールにスクアーロ隊長が気が付かなければ近いうちにベル隊長に引き取りに来てもらって今度こそちゃんと日本に持って帰ってもらおう。


椅子を片付け肩を回す。
ベル隊長の持ち込む厄介事にまさかこうして関わることになるなんて入隊した時には想像もできなかったことだ。それでいったら名前を覚えてもらったことだって、上司と部下というよりはなんだか同級生のようなベル隊長との関係性にも驚くし、任務に出ていないせいか穏やかな毎日を送っていることも入隊当初は想像もしていなかった。

あんなに過酷な新人研修だったのに、スクアーロ隊長にシゴかれた1週間を体験してしまった今となってはアレでへこたれてたら確かにすぐ死ぬんだろうなぁと思わずにはいられなかった。あれで辞めた人もいたはずだ。私が言うのもどうかと思うけど辞めて正解だったんじゃないだろうか。


「失礼します、!」

「あ、えっと…スクアーロ隊長なら任務で2、3日空けるらしい、ですよ?」

「そうですか。急ぎではないのでまたきます」

「あ、あの!」


見た目は力自慢のワイルド系なのに声が小さめでかしこまった話し方をするこの人は、たぶん私と同時期に雨隊に入隊した所謂同期と呼ぶべき人だ。
手に持つ書類は任務の報告書なんだろう。彼も初任務を経験してからレイほどではないが少しずつ任務を経験していっている。

隊には隊の特徴があるし隊長のやり方がある。雨はスクアーロ隊長が真面目だからか頑固者だからか、無謀な組み分けは一切行わないし新人はそれなりの任務からしか使わない。
ベル隊長みたいにちょっとスリルを味わうために必要最低限の人数まで絞って任務に当たらせてみたり、上からの指示よりも早い遂行時間を部下に伝えてみたりもしない。だからと言って任務を失敗で終わらせるようなことはしないけれど、嵐隊よりはうちの隊の方が慎重派が多いのかもしれない。


呼び止めておいて失礼な話だけど特にこの人と話すことはないし話したいこともなかった。ただ、事務員に成り下がったのかななんて思われていたらやだなっていう私のちっぽけなプライド。
そんな風に思っていないかもしれないし、気にもしていないのかもしれない。私のことなんて知らないかもしれない。


「…なにか」

「あ、いえ。スクアーロ隊長が帰ってきたらお知らせします」

「ありがとうございます」


彼は律儀に主人不在の隊長室に一礼をして去っていった。この人も真面目な人なんだな。そんな人を私はまた自分に自信がないせいで疑ったり悪いことを考えたり。


「はぁ。あ、いけないまた溜息」


知らずに溢れる溜息は幸せが逃げていったからなのか溜息のせいで逃げていくのか。
どちらにせよ幸せとは程遠い。

寄りかかったロッカーがワイシャツ越しにもひんやりしていて気持ちがいい。少しの間目を閉じて大きく息を吸って吐く。肩に力が入っていたことすら自分で気が付いていなかった。


「よし!」


ボフンッ


2回目


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