medium story

やがて溶けて流れゆく





「私10年後に行ったんだ」

「頭でも打ったか?」

「言うと思った!」


それが普通の反応だと思うし、私がレイに同じことを言われたとしてもきっとそう答えると思う。
だけど私が5分間未来に行ったのは紛れも無い事実であり、それがなければこんなに早くレイと仲直りもできていなかったに違いない。


「10年バズーカって知ってる?」

「いや?そんな日本の青ダヌキが出しそうなやつ存在すんの?」

「タヌキじゃないから!猫だから!!」


耳はないけど猫なはず。確かネズミか何かに食べられてしまったんだよね。シルエットが丸くなってしまったことを嘆いた彼は大声で泣きまくり、あんなダミ声に…


「って、語るのはこっちじゃないわ」

「俺そっちの話の方が興味あるんだけど」

「あとはDVDでも借りて観なさいよ。」


パラレルワールドはもしもの数だけ存在する。
ベル隊長に未来に飛ばされた私と飛ばされなかった私では歩む世界が違うのだろうし、その先でレイと仲直りをするという未来に繋がるまでのスピードやきっかけにも影響がある。
結果的にはレイと仲直りができるという同じ未来に向かっていたとしても、その過程が僅かながらに違う世界は確かに存在するんだそうだ。


10年後の私もヴァリアーの隊員として生きていた。そんな未来が確実に存在している。ただしそれが絶対であると言い切れないのは私がこの先同じ未来を歩むとは限らないから。


「なんか考え出すとわかんねーな」

「ま、アレだよ!不思議体験ってやつだよ」

「んで?10年後のスクアーロ隊長と会ったんだっけ?相変わらずだった?」

「相変わらずって…」


人のことを言えるほどの上司への態度言動ではないことは認めるけど、この人程じゃないと思うよ。それとも私がスクアーロ隊長の愚痴を言いすぎたかな。

スクアーロ隊長は優しかったと思う。その態度や言動に違和感がありすぎて本人か疑うレベルだったし、今だって実はアレは俺じゃないって言われた方がしっくりくる。優しさを素直に受け止められなかったのは、嬉しいとかありがとうとか思う以前に誰ですか大丈夫ですか人違いではありませんかと思ってしまったからだし。


戻る直前のスクアーロ隊長は気持ちが悪いくらい甘ったるくて正直明日からの仕事に支障が出そう。だってなんでわざわざ過去の私にあんなことしたんだろう。意味が分からないしあんな至近距離で未来の私が帰ってきたらビックリして引っ叩かないか心配だ。


そういえばベル隊長が未来の私とどんな話をしたのか全然聞けてないや。聞いて教えてくれるのかも怪しいけど。あの場には18歳のベル隊長と28歳の私がいたわけだよね。完全に年上だけど立場が逆転するわけじゃないだろうし、ベル隊長が年上だからといって私に対して敬う気持ちが生まれるはずもない。


「10年後の私はどんなだったのかな?」

「28だろ?おばさ「殴るよ!?」もう殴ってんだろうが!!!」


誰がおばさんだよ。言っとくけど私がおばさんだったらレイだっておじさんだしベル隊長だっておじさんなんだからね。スクアーロ隊長なんてすでに片足突っ込んでるんだからね。


そういえば私仕事してたんだった。アレからそんなことすっかり忘れてて隊長室には戻ってないけど、レイが私を探していたのも何やらスクアーロ隊長に言われたみたいだしもしかしたら早く仕事に戻れってご立腹かもしれない。
直前までなんの書類を見ていたのかすらもはや覚えていないなんて、いくらメンタルがやられていたとはいえ気が抜けすぎているんじゃないだろうか。こんなんだからスクアーロ隊長に馬鹿にされるんだ。
未来での出来事もあってスクアーロ隊長には会いたくないけど、仕事をそのままにしておくわけにもいかないし、事務仕事すらも満足にできないだなんて更に任務から遠ざかるような気がしてならない。


レイに仕事に戻る旨を伝えたら少しだけ笑って送り出してくれた。頑張れとかしっかりやれよとかそういう言葉って貰ったことないけど、これはレイの優しさなんだろうな。任務以外の仕事が今の私にとってヴァリアー内での仕事なんだもん。その代わり背中を思いっきり叩かれて気合いを入れてくれた。


隊長室はやけに静かでそろりと開けた扉から首だけを突っ込んで中を確認してみたけど、やっぱりスクアーロ隊長はいなかった。いたらこんなに静かな訳がないよ。
私用の質素な事務机は元は書類置き場として山のように紙やらファイルやらが積まれていた物だったが、私がここで作業すると決まった時にあらかた片付けて私の机として生まれ変わった。
書きかけの書類はスクアーロ隊長と一緒にどこかに消えていた。その代わりさっきまではなかった書類が積み上げられていたけれど、残っていたものや急ぎのものはきっとスクアーロ隊長が処理をしたんだろう。


「任務に、行く。適当にやっとけ、か」


声がでかくて荒々しいスクアーロ隊長だけど、流れるような文字を書く。筆圧も濃くなくてまるで女性の書いた文字のようだ。
机の上のメモは紛れもなくスクアーロ隊長からの物だったけど、メモを残して行くなんてビックリなんだけど。確かまた副隊長との任務だったような。そうなるとランクも高いし、この時間に出て行ったのだとすると早くても2日はかかるだろう。だから机の上の書類の量が多めなのね。片付けとけよってことなんだろう。


今日はもういろんな事があったから疲れた。適当にやっていいって書いてあるよね。もう今日は帰ろう。寝て起きたら今日の出来事は全部ベル隊長のドッキリでしたー!とかにはならないのかな。


いつもより少し重たい瞼がなによりの証拠。


title by:花洩


prev|next

[戻る]
- ナノ -