medium story

無限の世界に祝福を




「おー!ぺーぺーのぺーの方の名前が帰ってきた」

「………ベル隊長?」

「おう、おかえり。やっぱりおまえはこうでなくちゃなー」


私の目の前には私のよく知るベル隊長がいて、私のよく知る笑顔(と言っても口元のみだけど)を浮かべて、おかえりと言ってくれた。帰ってきた途端髪の毛がぐしゃぐしゃになるくらい頭を撫でられた。正直犬の気分さえするので撫でられているのかも不明だ。

それでもよく知るベル隊長が目の前にいてくれるだけで安心して涙が出てきそうだ。一度泣くとさ、泣きやすくなるものだよね。泣き顔を見られた相手の前では特にさ。

帰ってこれたんだ元の世界に。死んでなかったのか。そんな生きているということに感謝して涙を流す日がくるとは思わないじゃないか。ましてや暗殺部隊に所属しておいて。


「ベル隊長〜」

「なんだよ折角キチョーな体験ができたっていうのにまだ泣き虫なわけ?」

「心の準備ってもんがあります!幾ら何でも泣いている人間に対して急すぎます!!」

「お、怒った怒った」


私が怒っているのだと伝わっているのにこの反応。やはりベル隊長を反省させることは不可能に近いのかもしれない。予想通りといえばその通りだけど。


私が未来に行っていた間、ベル隊長は10年後の私と対面していたんだよね。何か余計なことをしていなければいいけど、ベル隊長に限ってそんな面白いことをしないわけがないしなぁ。


「向こうで誰かに会った?」

「あー…」

「なんだよ言えよ」


残念ながらあの感じ、あの自信満々オレ様スクアーロ様っぷりは正真正銘スクアーロ隊長だった。けど、未だに私の知るスクアーロ隊長とはかけ離れすぎているし、やっぱり別人か?兄弟がいるか聞いてみようか。いや、スクアーロ隊長の兄弟だったとしても。

それより待って。なんか最後に言ってたよね?こっちに戻ってくる前に。最後はもう眠気にも似たぼやーっとする視界の中で、やけに楽しそうなスクアーロ隊長を見たような気がするんだよ。耳元で最後に囁かれた言葉はなんだっけ?


「なんかあったなお前」

「な、なんもないですよ!」

「怪しい…」

「向こうのスクアーロ隊長に会っただけです!」


ベル隊長の面白センサーが反応してしまったらもう終わりだ。向こうに行ってからの出来事を話すまで解放してはくれないだろう。
なによりナイフをちらつかせられてはもう私は降参のポーズを取るしか生きる道は残されていなかった。


「オモチャのナイフですよね?」

「試してみる?」


なんてお決まりのやり取りも加えつつ、ベル隊長が持っているのは紛れもなく隊長愛用のナイフだし、ここで反抗すれば今度こそあの世逝きだ。やだ、せっかく帰ってきたばっかりなんだから。やりたいこととかやらなきゃいけないこととか沢山あるって気付いたんだから。こんな所で死んでいられない。


向こうの世界に飛んでからの出来事を当たり障りない程度に話していく。未来の話って過去の人に話してもいいものなのかな?なんて思ったりもしたけれど、未来のベル隊長のことじゃないし考えるのも面倒くさいし目の前でチラつくナイフは怖いし、結局ありのままを伝えることとなった。


「へぇーふーんなるほどねー」

「なんか1人で脳内完結してませんか?情報共有は組織において重要な戦略のひとつですよ」

「ぐふふふふ、ししし、あは!」


ダメだーこの人めっちゃ楽しそうで私のことなんて空気だとしか思ってないみたい。ズルイじゃないか。ベル隊長1人だけ物事の全てを把握しているなんて。


「まぁさ、お前が行ったのも1つの可能性の中の未来だし、これからのお前次第でどうにでもなっちまう世界のことなんだからめげんなよ!」

「どういうことですか?」

「パラレルワールドって知らね?」


パラレルワールド。

世界はもしもの数だけ存在しこの世界とはまた別の世界が並行して存在するというものだ。
ヴァリアーに所属している私がいるように、ここではないどこかで生きている私が存在する、らしいって話。

私がヴァリアーに無事入隊を果たし、もしかしたら既にバリバリ活躍している世界があったかもしれないということか。あったかもしれないならこの先、そうなる可能性があるってことだ。なんてポジティブシンキングな世界!


「スクアーロ隊長を退けて私が雨の隊長やってる未来もあるかもしれないわけですね?」

「それはねーだろどう考えても」

「ちょっと!酷いじゃないですか!」


そうと決まれば尚更私のやることは決まってくる。限りある未来の為に。今選択できる中の最善を選んでいけるように。


「あ!忘れるところでした!ベル隊長さっきはありがとうございました」

「なんかしたっけ?」

「した覚えがないんならいいです」


泣いた私を連れ出してくれたこと。
急に未来に飛ばされたことに関してはびっくりしたけれど、お陰で辛気臭い自分はどこかに消え去った。慰めてもらいたかったわけでもないし、慰められようものなら天邪鬼な私は更に捻れた考えをするに決まってる。

もしもをもしものままで終わらせたくない。

だから伝えたいことは言葉にして本人に伝えるよ。





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