medium story

誓えないなら目を閉じて





「うししっ名前逝ってらっしゃい」


先程まで王子様かと思っていたベル隊長は、やはり悪魔だったみたいだ。
そもそも連れてこられた部屋のソファーで号泣していた私に、真隣からバズーカを打ち込んでくるって可笑しいよ。泣いてるし避けれる訳がないし、泣いてなくても避けれていないと思うけど。


死んだはずだけど痛みはやってこないしどちらかというとふわふわとしていてまるで浮いているような、その未体験の感覚に不思議と怖さはなかった。


この先は天国かな、地獄かな。


暗殺部隊に所属していた訳だからやっぱり地獄かな。


ボフンと音を立てて私が降り立ったのと同時に、失われていたはずの重力も戻ってきた。そして痛みこそやってこなかったものの柔らかい何かの上にいるという感覚はある。
あの世ってこんなにリアルなんだ。死んだ感覚わかないな。死ぬ前まで号泣していたせいなのか、はたまた単純に死んだからなのか目を開ける気にはならなくてこの居心地のいい場所に身を埋めたままなるようになればいいと思った。

こんなに気持ちがいいのだからここは地獄ではなく天国なのかもしれない。今私は雲の上にでもいてそのうち天使が舞い降りてきて本格的に天国へと連れていってくれるのかも。なんてまたスクアーロ隊長に「どこのパトラッシュだぁ!」と怒鳴られそう。


このまま寝たらもう目は覚めないのかな。

今目を覚ましたらまだ引き返せるの、かな?

私は引き返したいのかな。


引き返したらやりたいことは沢山ある。
まずはレイに謝って、そしてありがとうを言おう。
それからベル隊長にはなんてことをしでかすんだと説教もしてやろう。ついでに泣き出した私を連れ出してくれてありがとうと言おう。
スクアーロ隊長には任務に出してくださいって言いまくって、怒鳴られたら怒鳴り返してやろう。何を言っても聞いてくれなかったら、イタズラしてやる。


死ぬ前にやりたいこと結構あったな。
死んでからじゃ遅いこと。やりたいと思っているだけじゃ何にもならないこと。こういうのも全部、やっぱり、死んでから思い出して後悔するんだね、人は。


ふわふわして気持ちがいい。


もう少しで墜ちる、、、


「う"ぉおおおい!名前!いつまで寝てやがんだぁ!!」

「うおっ!?!?」

「……ん?」


それは余りにも不愉快すぎる爆音だった。

せっかく人がこれまでの人生を走馬灯のように思い出し、懐かしみ最後に人生の後悔なんかを噛み締めて、それでも安らかに眠りにつこうとしてたのに。

最近聞きすぎて聞くだけでイラッとする爆音に、思わず飛び起きて開けまいと思っていた瞳も開けてしまったじゃないか。どうしてくれるんだ。天使に無事、天界へと案内してもらえなければ霊として現世を彷徨うことにーー


「お前……名前か?なんで…」

「えっ」

「……泣いてんのか?」


目の前にはスクアーロ隊長。

しかしいつもと雰囲気が違うのは着ている隊服のデザインが違うからなのか、それとも髪型が少し違うから?何よりも驚いたのは私が泣いていたということに気付いたということだった。


「泣いて……ましたけど、もう泣いてません」

「そうかぁ」

「…………!」


私が泣き出して心底面倒くさいという顔をしたのはスクアーロ隊長で間違いなかったよね。そしたらなんだ、今目の前で私の涙に気付きそれを心配して、挙げ句の果てには少し腫れた瞼を優しく撫でつける目の前のこの人は誰。

こんな優しい目をしたスクアーロ隊長なんて知らないし、こんな優しい仕草ができるスクアーロ隊長なんて知らない。人の、ましてや私なんかの心配をするようなスクアーロ隊長なんて知らない。


「………あなた、誰」

「誰ってお前…スペルビ・スクアーロ様だろうがどう見ても」

「…ここはどこ」


自分に様とかつけちゃうところとか、自分の名前を名乗るだけなのにこんなにドヤ顔なところとか、私の知るスクアーロ隊長ソックリだけど、なんだろうこの違和感。
このスクアーロ隊長は私を知っているのに、私は目の前のスクアーロ隊長を知らない。

見渡してみればここは天国でも地獄でもなく、何処かの部屋のようだった。さっきまでベル隊長が使っている嵐隊の隊長室にいたはずなんだけど、此処は仕事部屋というよりは個人的な生活空間のようだった。スクアーロ隊長の部屋かとも思ったけど、それにしては女らしい。


「大方ベルの仕業だろうなぁ」

「…?」

「5分しかねぇ!手短に話すぞぉ!」


ベル隊長が雷の守護者からパクってきた代物は、10年バズーカと言われる物で武器として使用するものではなく10年後の自分と5分だけ入れ替われるという物だった。そんなことができるものかと声を大にして否定したかったが、指輪に炎が灯り、小さな匣から動物が出てきて戦うような世の中になったんだ。夢のタイムトラベルももはや現実のものとなったらしい。

何もしなくても5分経てば元の世界に戻るし、焦る必要はないのだとスクアーロ隊長にしてはとても静かに教えてくれた。この人静かに喋ろうと思えば喋れるんだ。

最初はいつもの大声に驚いて、そして次にスクアーロ隊長らしからぬ女への気遣いってやつに驚いて、最後は静かに話すスクアーロ隊長に驚いて。

驚きに溢れた私の5分間はもうそろそろ終わるみたいだ。


時計は確認していないけれど体感的にそんな頃だと思ったし、何より身体が元の世界に戻る準備を始めているような気がした。全てただの勘だ。
それでもこの現象に慣れているらしいスクアーロ隊長も「そうそろそろだなぁ」と私に向き直ったので、あぁ本当にそうなんだろうなと思う。

今はベッドの淵に2人腰掛けている状態で、このふわふわで気持ちがいいベッドは私のものだと教えてもらった。部屋は今よりも広くなっていて、備え付けの家具以外のものも豊富にあった。
何より、私は10年後も死なずにヴァリアーに居るんだ。そんな事実を噛み締めてまた少し泣きそうにもなったんだ。

帰ったらやりたいことがたくさんあった。

死んだなんて思わなければ、思いつかなかったこともあったし、10年後生きているという事実があることに、もう少しがむしゃらに目の前のことをやってみようかとも思えた。10年もあるんだよ。まだヴァリアーに入って1年も経ってないっていうのに、へこたれてたんじゃ10年後なんて迎えられるわけがない。

私は私の10年後の為に。そして何よりも今の自分の為に。帰ったらやりたいことをやろう。


「名前…」

「……?なんですーー」


私の名前を呼ぶ声があまりにもスクアーロ隊長らしくなくて。
らしくないって言ってもそんなにスクアーロ隊長のことは知らないけど、少なくともあんなに優しい声色で私の名前を呼ぶスクアーロ隊長は私の世界にはいなくて、なんなら名前すらも呼ばれたことがないくらいなのに、どうして。


ふわふわとした心地の中、これは夢なんじゃないかと、やっぱり死んでて最後に見たタチの悪い夢なんじゃないかとそう思わずにはいられない。

でなければあるはずがないのだ。

10年後のスクアーロ隊長がそっと私の腫れている瞼を撫でた後、その瞼に優しいキスを落とすなんて。


「な、なに、するんですかスクアーロ隊長…」

「あぁ?照れてんのか?」

「いや、照れるっていうか…離れて…ください」

「あぁ、おまえまだーーー」


ー俺のじゃねぇのか?ー


title by花洩


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