medium story
天使のイタズラ
心に余裕がない人間っていうのは他人に対してもそういう態度しか取れないものだ。
だからと言ってあの時の私の態度が仕方がなかったということにはできないけど。
余裕がなくて焦る気持ちばかりが先行していたとは言え、私の態度や私の口から出てきた言葉は紛れもなく私自身が心のうちで知らない間に育ててきたものたちだった。そんなこと思ってないよ、全部嘘だよ、なんて言えない。だって嘘をつこうだなんて思っていなかったから。必死に自分を律してたのにも関わらず、あぁやって口をついて出てきた言葉たちだったってことはつまりそういう事だ。
私はなんとも自分勝手な理由で、この場において唯一と言っていいほどの拠り所を自ら手放してしまったんだ。
レイが怒るのは無理がなかったというか、それすらも私のために怒ってくれているのだと分かってしまうから。
私が私を否定する言葉をレイは遮ってそして怒ってくれた。自分のことをなんと言われようと少しだけびっくりした顔をしていただけだったのに、私が最後に言おうとした言葉は決してレイの前では口に出してはいけない言葉だったはずだし、何より私自身が自分に対して思ってはいけないことだったのに。
「…はぁ」
「さっきからはぁはぁうっせぇぞぉ!気が散ってしょうがねぇ!」
「…はぁ」
「おい、上司の顔見て二度目の溜息たぁ肝が座ってんな?」
いつもなら無駄に声が大きいスクアーロ隊長に負けじと声を張り上げる所ではあったんだけど、そんな気分にもなれず黙々と手を動かした。ごめんなさいスクアーロ隊長。今私に隊長に付き合うほどの体力と気力は残っていないのです。それすらも言葉にすることが億劫で(言ったらきっともっとうるさい)無視し続けていたら逆に溜息をつかれた。
あぁ、溜息って聞かされる方はいい気分がしないものなんだな。控える努力はしよう。
任務に出たことのない私の友好関係は極めて狭いものだった。
まずはレイ。
そしてスクアーロ隊長。
たまにベル隊長。
ごくごくたまにルッスーリア隊長。
あとは最近顔見知りになるのは殆ど事務方の職員さんばかりだった。きっとあちらではスクアーロ隊長の秘書か何かと間違われているに違いない。
この部屋に直接報告にくるのは隊の中でも上層部の方ばかりで、それだって手短に用件のみを伝えれば長居をすることなく部屋を後にするものだから私のことなんて視界にも入っていないのかもしれない。その他の書類や報告書はこことは別に提出用の場所が設けられており、中にいるスクアーロ隊長の気が散ることのないようになっている。
だからってわけでもないけれどレイと喧嘩をしてしまった以上、私の話し相手というのは殆どいなかった。
人間口数が減るとロクなことを考えやしないというのは最近の自分を見ていたらよく分かる。
スクアーロ隊長と一緒にいる時間が一番長いけれど、そもそも隊長とは私的な会話は殆どしないし口を開けば「初任務はいつですか?」と尋ねるくらいには一方通行でしかなくて、そのたびにうるせぇ!だの死にてえのか!だのと怒鳴られるので、ここ最近のメンタルをやられた状態の私では突っかかっていけなかった。
いつの日か、隊長達に初めてお会いした時だ。
何か困ったことがあれば相談においでとルッスーリア隊長は言ってくれたけど、冷静に考えなくたってルッスーリア隊長の元へは行かないだろう。ルッスーリア隊長には太陽のような暖かさがあって包容力も申し分ないのだろうけれど。私自身が甘えられるほどルッスーリア隊長に心が開けていなかった。
本格的に大人しい私を見てスクアーロ隊長はもう突っかかってくることはなかった。今はその配慮がありがたい。いつものように使えないとか任務に出たら死ぬだとかそんなことを言われようものなら確実に涙腺が爆発する。何度も言われてきたことだし、何度も何度も悔しくて腹が立って、そしてそれが真実なんだと思い知らされてきたけれど、いつの日が来る初任務のその時に「どうだ!見直したか!」と言ってやることだけを糧に耐えてきたっていうのに。
「おーす!カスザメ先輩いるー??」
「う"ぉおい、邪魔だ帰れぇ!」
「あ、いたいた。先輩に用はないんだよね。名前借りてい?」
「あぁ!?こいつはまだ仕事中ーーげ」
「あり?王子もしかしてグッドタイミング?」
「ベ、ベル隊長ぉ〜うぉ〜」
王子様かと思った。マジで。
実際本当に何処ぞの王子様らしいけど、ベル隊長だしあり得なくもないけどあり得ないかなっていうのが私とレイの見解。黙ってたら確かに王子に見えなくはないけど、普段のベル隊長を見るとどうもね。加えて訓練中のベル隊長を間近で見たレイはあんな王子がいてたまるかとボヤいていた。
勝手に1人で色々考えて勝手に涙腺が緩み始めていた私の前にやってきたのは、紛れもなくベル隊長で紛れもなく私に会いにやってきてくれたらしい。なんだそれちょっとキュンとしたじゃん。
スクアーロ隊長は突如泣き出した私を見て心底嫌そうな顔をしたし、ベル隊長はいつものように爆笑だったけれど。スクアーロ隊長の制止の声を無視して私を強引に引っ張り上げたベル隊長は「じゃ、借りてくぜ〜」とこれまた楽しそうに出て行った。
こういう女の扱いや配慮に差が出てるよ。こういうところだよほんと!さっきのスクアーロ隊長はなんなんだこいつって顔面が言ってたもん。私だって泣きたくて涙を流している訳じゃない。勝手に流れてきてんだよ!
涙腺の崩壊とともにもうひとつ崩壊したものはどうやら感情の方だった。「情緒不安定か!」と自分自身にツッコミを入れて、それに心の中で「だって…」とメソメソして答えたかと思いきや、「さっきのあの顔見た!?」と怒り狂う自分がいる。脳内劇場が激しすぎて自分がついていけてないよ。
「百面相しててマジウケる」
「ベル隊長〜」
いつものように笑ってくれているけれど、背中にはあやすように一定のリズムを刻むベル隊長の手があって、この心臓と同じリズムを刻む手が赤子の眠りを促すんだろうなと思いながらも、赤子じゃない私は数年ぶりの号泣を止められずにいた。
「さ、泣き止んできたしそろそろ本題なー!ししし」
「(泣き止んでません)」
「任務で日本に行っててさー、雷の守護者からいいもんパクってきたんだよね」
「(泣き止んでませんってば)」
忘れていた。
さっきはスクアーロ隊長の対応と比べてベル隊長が本物の王子に見えるくらいには輝いて見えたけど、実際ただの自由人だし私のペースなんて考えてくれる人ではなかった。
まだ呼吸を整えきれておらず目から落ちる涙だって止めようと思ってもじわじわと溢れ出てきてこぼれていくっていうのに。
ベル隊長がご機嫌に取り出したのはピンク色のデカいバズーカだった。
今のご時世そんなかさばる物で戦う人なんているんだろうか。そしてベル隊長はこれを雷の守護者からパクってきたって言わなかったか。
日本にいる雷の守護者なんて、10代目のところの守護者の方しかいないだろうし、それをパクってきちゃって良いのだろうか。いや、良くないに決まってる。まず借りてきたではなく、パクってきたと自覚している時点でもう、ね。
ベル隊長が担ぐと様にはなるけどやはりアナログすぎるし、何より危険な匂いがプンプンするのだ。もしかしなくても弾とか入ってませんよね?暴発とかしないですよね?私に向いているような気がするのも気のせいですよ、ね?
「うししっ名前いってらっしゃい」
「う、うえぇー!?」
拝啓、親愛なる親友レイヘ
私は君が尊敬してやまないベルフェゴール隊長の手で、一足お先にあの世へ逝くよ。
酷いことを言ってごめんね。
何十年後かにあの世で会ったら謝らせてよ。
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