medium story

私の中の醜いあの子




行ってらっしゃい、そう2人を見送った後私が向かったのは悲しきかな通い慣れてきたスクアーロ隊長の仕事部屋だった。

気をつけてなんてどの口で言っているのやら。任務の厳しさも実際の張り詰めた空気感も味わったことのない私には到底分からないものなのだ。


いつもヘラヘラ笑ってるベル隊長が一瞬でこの道を極めたプリンス・ザ・リッパーになる。口はいつものように笑った形をしているのに、纏う雰囲気がもう私の知る気さくに話しかけてくれてツボの浅めなベル隊長ではなかった。

いつも隣でくだらない話に付き合ってくれるレイが、こんなギラついた目をしているのを見たことがない。

堂々と廊下のど真ん中を闊歩するベル隊長の後ろで、レイの背中がこれから任務に行くのだと物語っている。堂々としていた。


「…いい、なぁ」


任務につけることだけが羨ましい訳じゃなく、あぁやって隊長の後ろで伸び伸びとやっている様子が羨ましかった。
スクアーロ隊長の後ろをついて歩いたこともあったけど、大股で歩くスクアーロ隊長に着いて行くのもやっとだったし、何より剣士としてではなくただの雑用として隊長の後ろをついて回る自分自身に嫌気がさした。お前は何のためにそこにいる。

堂々となんてできるわけがなかった。任務にも出してもらえない。未だにその理由も見付からず、せっかく与えてもらった仕事も胸を張れる程やり遂げることができない。

スクアーロ隊長は天邪鬼だと、分からず屋の意地っ張りの頑固者だとそう思ってさえいるけれど、私だって十分天邪鬼だ。


「おー名前、お前もいたか!」

「レイ」


ベル隊長とレイを見送ってから何日か経っていた。あれからレイの姿は見ていなかったけど、次の日にはベル隊長が長期任務でここを離れるという噂を耳にしていたので、その日のうちに帰ってきているのだろうなと思っていた。

Cランクといえどチームを率いて任務に出て帰ってきた次の日にはイタリアを離れる任務に出るベル隊長はやはり凄い人なんだ。


「この前の任務はな、弱小ファミリーのボスの暗殺でーー」

「………」


レイは任務から帰ってくると私に任務内容や感想、自分がその任務で何をしたかを私に話して聞かせる。それが私たち2人の恒例行事になりつつあったし、初任務への期待に胸躍らせる私が聞かせて聞かせて!と興味津々にレイにせがんだのがこの恒例行事の始まりだった。

そう、自分から聞きたいと願ったことなんだ。

それが当たり前になるくらいの時を2人でこうして過ごしてきたし、それが当たり前になるくらいレイは任務に出るようになって話す内容が、レイの感想やレイの仕事ぶりが少しずつ着実にレベルアップしていることにももちろん気づいてる。


「聞いてるか?名前」

「あ、ごめん」

「………元気ねーじゃん!それだけが取り柄なのによー!」


分かってる。

私に自慢がしたくて話しているわけではないことも、任務に出ることが叶わない私に少しでも未知なる任務の内容を聞かせてやろうと思ってくれていることも。俺はもう新人じゃないんだぜってことが言いたいわけじゃないことも全部全部わかってる。

分かってるのに。


「どうせ!私は口ばっかりが達者で!給料泥棒で!役に立たないぺーぺーだよ!!」

「…うぇ!?」

「レイは良いよね!沢山任務に出してもらえて!ベル隊長にも気に入ってもらって!隊長と仲よくて!ベル隊長の背中を守るのは俺だーって感じで!」


そんなことレイは一言だって言ってないよ。
分かってる。分かってるってば。


「こんな、役立たず居なくなればいいって…」


思ってるんでしょ?


「ふざけるのはその情けねぇ顔だけにしろよてめえ」

「ヒッ…」

「お前、今何言おうとした」


こんなレイは知らない。

いや、この瞳は知っていた。任務前のあの目だ。
それを今向けられているのは紛れもなく私で、グググっと掴まれた胸倉に力が込められれば少しずつ浮く身体に息苦くて息が溜まる。

怒らせたなんてものじゃなかった。任務に行く時の目でしょ、ソレ。何、私殺意向けられてんの?もっとも今のへっぽこな私なら、簡単にやられるだろうし今だって情けないけど油断したら涙が出そうなくらいにはビビってる。

友人に拒絶された瞬間ってきっと今みたいなことを言うんだろう。ショックとか悲しいとかそんな生易しい感情じゃない。


怖い。


初めてレイを怖い人だと思った。




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