medium story

ウソつきの愛情





「おーい敏腕事務員!!」

「……………」

「シカトすんな!お前のことだぜ名前」


廊下の端からベル隊長が手を振りながらやってくる。

すれ違う隊員達が廊下の端に寄り頭を下げながらベル隊長が通り過ぎるのを待っている。そしてそれを当たり前の光景のように見向きもせずに通り過ぎるベル隊長。その後ろにはレイもいた。

隊長や副隊長レベルの方は有名なので所属に関係なく敬意を払われるのは当然だが、平隊員同士は殆ど上下はない。年齢や所属の年数で上下が決まる世界ではないのが幸いし、そこまで厳しい縦社会ではないのだ。ヴァリアーに限ったことなのかもしれないけれど。だから今、ベル隊長の後ろに控えるレイは、彼を新人だと知らない隊員からしてみればそこそこ名のあるお方かな?くらいには見えているのかもしれない。ベル隊長と一緒になって挨拶をされているレイは、少しだけ嬉しそうにしている。それにほんの少しだけ心臓が音を立てたのには気付かないふりをした。


ベル隊長達が通り過ぎ頭を上げた隊員達はこぞって後ろを振り返る。それも仕方がないことだろう。ベル隊長自ら手を振りながら近付いていく事務員とは何者だと。そして最初の一言目をシカトしやがったぞと。

両手で本や書類を抱えておりお辞儀もできない状態である私を見て、なんだ本当にただの事務員かとなんとなく納得したような顔をして再び歩き始める隊員達に声を大にして言ってやりたい。


「私は事務員じゃありません!戦闘員です!」

「笑かすよなー!スクアーロの奴いい事務員ゲットしたって喜んでたぜ!」

「なにそれ!本当ですかベル隊長!?」

「うしし、さーな」


スクアーロ隊長なら言いそうだ。実際、お前がきてから睡眠時間が増えたと言われたばかりである。そりゃ良かったですねと返す私を、あのいつものドヤ顔で笑い飛ばされたわけだけど。


「これから任務ですか?」

「そ、こいつも連れてくぜ〜」

「私もベル隊長の隊だったら良かったなー」

「スクアーロ隊長が聞いたら悲しむぞ」


悲しまないだろう確実に。むしろ喜んで手離すのではないだろうか。

ベル隊長の率いる嵐隊はヴァリアーの中でも凄腕と呼ばれる人たちが多い。それは実力もさることながら経験値が多いのも理由のひとつだ。ただ、隊員の死亡率も断トツでリーダー格の入れ替わりの激しい部隊としても有名だった。


自分の実力を傲る訳ではないが、私だって今は使い物にならないぺーぺーだけど経験を積んだら今よりは少しマシになるんじゃないのか。そんな風に思ってしまう。レイとは同期で、もっと言うと学生時代からの同級生だ。学生時代はそこまで親しい間柄ではなかったが、同じヴァリアーという組織に入隊が決まったのも何かの縁だしそもそも気が合った。と私は思っている。

今ではなんでも話せる友人だと思っている。

実は初めのうちはいいライバルだとも思っていたんだ。流れる炎も扱う武器も違う私達の実力を甲乙つけるのは難しい。しかし今は見るまでもなく。任務につくようになってからレイはメキメキと成長したと思うし、ここ最近では自信もついてきたのか初任務後に5年先を心配していた彼はもういない。

こういう世界なんだなぁとしみじみと感じる。


「名前がウチの隊だったらすぐ死んでんぜ?」

「ベル隊長までそんなこと言うんですか…」

「なに、スクアーロにも言われた訳?」


そんなに私は死にそうなオーラを纏っているんですか?しょげる私をベル隊長は笑う。無邪気な人というかツボが浅いというか。私関連に対してのベル隊長のツボはかなり浅めに設定されている気がする。いつも笑われている。イラっとこないのはスクアーロ隊長のように小馬鹿にした感じが ないからだ。心の中で何を思っていようと、笑われている時点で馬鹿にされているのだとしてもだ。


「弱そうなわけじゃないけどさ、名前ってなんかこうコロっとやられちゃいそうな感じはあるよな?」

「え、そ、そっすか?」

「レイ、無理しなくていいよ」

「いや、お前拗ねんなって」


ベル隊長に話を振られたレイの反応を見れば分かる。レイは嘘がつけないからね。正直者なんだ。


「スクアーロ隊長にも言われました。今の私は任務に出さないって」

「王子なら一か八かで出しちゃうけどなー!ま、死ぬだろうけど」

「そこで生きて帰ってきたら認めてくれますか?」

「褒めてやらねーこともねーよ?ししし」


ベル隊長の下なら、褒めてもらいたくて必死に戻ってくるかもしれない。ベル隊長が人を褒めるなんてほぼ無いことだろうし。
ベル隊長のやり方は賛否が分かれるものだと思う。上に立つ者の振る舞いとして、隊全体のことを考えているのかと言われればたぶんそれはノーに近いし、まったく考えていないのかと言われてもノーに近い。だからこそ10年もの間、嵐隊の隊長を務めているわけだしベル隊長を慕う人達がいる。


「ま、焦んなよ!スクアーロって頑固だからきっとその任務に出さねー理由ってやつが改善されねー限りお前が任務に出ることはねーよ」

「死にそうなオーラをマーモン隊長にお祓いしてもらおうかな…」

「たぶんSランク任務3回分は持ってかれるぜ?」


破産する…!Sランク任務なんて平隊員の私にとっては幻の任務だよ。本当に存在するんだね。だいたいマーモン隊長は術士だけどお祓いとかそういうのとはまた分野が違うんだろうな。できちゃいそうな雰囲気もあるけど。


「そろそろ行くわ」

「あ、はい。お気をつけて!」

「バーカ、誰に向かって言ってんだよ」

「レイに…!」

「俺かよ!!!」


2人の顔つきが一瞬で変わった。
まだ任務先どころかヴァリアーの敷地内だというのに、その目は既に標的を見据えている。
不覚にもドキッとしてしまう程雰囲気を変えたベル隊長は、やはり凄い人なんだろうな。
ベル隊長の後ろをついていくレイは、あんなに大人びていたっけ。


見送ることしかできない私は本当に戦闘員なんだろうか。





prev|next

[戻る]
- ナノ -