medium story

ひとりで生きるかふたりで死ぬか





スクアーロ隊長との秘密の特訓から数週間が過ぎた。
私は未だ任務に就くことはなく、専ら給料泥棒だ。


「おい、この書類は俺の所じゃねぇぞ」

「あ、すいません」

「事務仕事もできねぇのかぁ!」


事務仕事…も!っていうのはなんだ。他のことも!ってことならこっちだって言いたいことはある。任務に就かせてもらえないのは私に何か原因があるのかもしれないけど、それを教えようとしないのはスクアーロ隊長だし、自分で気付かなければいけないものなのだとしても、本当に見当がつかないのだ。


任務のない私のやることといえば身体を鍛えること、少しでも雲泥の差を埋めるために剣を振るうこと。そして、なぜ任務に出してもらえないのかを考えること。

それだけで基本給をいただいている身として大口は叩けないが不満はある。

ヴァリアーの給料システムは単純だった。

入隊年数ごとの基本給があって毎年少しずつ上がっていく。これは死と隣り合わせのこの職業で、生きてヴァリアー隊員としての年数を重ねていくことにある程度敬意が払われているんじゃないかと思っている。

それにプラスして任務ごとの報酬が上乗せされていく。任務に出れば出るほど給料は上がるし、任務ランクが高いほど死ぬ確率も給料も上がっていく仕組みだ。同じランクの任務でもチームで出向いた場合と個人で行った場合とでは取り分も違うし、公に明らかにされていないけど、チームの中でも下っ端とリーダー格じゃやっぱり差があるものだと思う。


「ヴァリアーの為に何もしていないのにお給料はいただけません」


初めのうちは、しょうがないと思っていた。
新人なんてそんなにほいほい任務に出れるわけないと思っていたし、成功率重視のヴァリアーが成功率の低下につながる新人をチームに組み込むことも滅多にないことだと分かっている。だからこそ比較的簡単で新人が1人増えたところで成功率に影響しないような任務があった場合に、隊長達の指示によって任務に出される。

しかし、いつか現れるはずの初任務は一向に現れないのだ。レイなんて既に10回以上任務に出ているのに。


「ウチは例外だぜ!隊長があんなんだし」

「いや、そうだけどさ」


ベル隊長はあんまり部下の面倒見はよくなくて放任主義だ。あの人は人を使い任務をこなすより、自分が率先して闘いたい人だから。だから任務も1人ないしペアのものを好んでいる。任務先で自由にやりたい人なのだ。


だからスクアーロ隊長に申し出た。
ヴァリアー隊員としての仕事は身体を鍛えることじゃない。任務を成功させる上で必要なことだけど、身体が資本ではあるけれど、それが私たちの仕事ではない。任務に出てその任務を成功させて初めて仕事をしたと言えるのだ。


「だからお給料はいただけません」

「馬鹿真面目だな」

「だから任務に出させてください」

「自殺願望者かてめえは!!」


スクアーロ隊長は絶対に頷かなかった。
あれから会うたび任務に出してくれとせがむので私への態度もぞんざいだし、そんなスクアーロ隊長への私の態度もだんだんと敬う気持ちが薄れていった。

スクアーロ隊長は私のことを1ミクロンとも信用していない。二言目には死ぬという。その自信はなんなんだろうか。私が任務先で命を落としたいが為に任務に出たいと言っているわけではないのはもちろん分かっているんだろうけれど。

任務に出したらこいつは死ぬと思われている。

私の何がそんなに死にそうな奴に見えるのかがわからない。


「そんなに仕事がしてえなら手伝え」

「任務ですか!?」

「おぉ任務だ任務。俺の雑用という名誉ある任務だぞ、喜べ!」

「わーとっても嬉しいなー」

「期待してるぜぇ!雑用!」


最早嫌味も通じなかった。

スクアーロ隊長の雑用というのは殆ど書類の処理だった。
このデジタルな時代に、任務の報告を紙で行うのは情報漏洩を防ぐため。アジトの地下には膨大な資料室があり、報告書などもそこに収められている。

最終的にはボスであるザンザス様へと上げられる報告書は、一度各部隊の隊長に提出され不備や不明点がないか確認している。その他にも経理に提出する書類や休暇届なども一度隊長に提出しているのだから膨大な量だった。


最初のうちは報告書とその他の書類を分けることから教えてもらい、そのうち報告書以外の書類の不備を確認、必要に応じてスクアーロ隊長に指示を仰ぎ完成させた書類を各部署へと回した。
それにも慣れてきた頃には、任務報告書へ目を通すことも許され誤字脱字の添削もするようになった。

そしてはたと気付く。


「私、ただの事務員じゃない?」


スクアーロ隊長の人使いはなかなかに荒かった。
隊長として、そしてヴァリアーのNo.2として多忙を極めていることは重々承知していたけど、元々自分で言うのもなんだが生真面目な性格をしていた為に書類の整理など細かいことにも手を抜けずきっちりこなしてしまったせいで、そちらの才能を買われてしまった。
与えられた仕事を淡々とこなす私を見て、「いい雑用を手に入れた」とニヤニヤしている隊長にこれでもかとガンつけてやったのに、それすらも相手にされず本人は任務に行ってくると部屋を後にするのだ。


確かに仕事がしたいと申し出たのは私自身だけど。
スクアーロ隊長の役に立つこともしたいとは思っているけれど。
こういう役の立ち方を望んだわけではないんだけどなぁ。ヴァリアーにもちゃんと事務員はいるし、ベル隊長は嵐隊の副隊長に書類整理の殆どを任せていると聞く。隊長印すらも押させていると言っていたが、それは大丈夫なんだろうか。それを任せられる人材だからこそ副隊長なんだろうけど。


スクアーロ隊長はベル隊長とは違い、報告書は全て目を通したい派なんだそうだ。部下の功績はもちろん、どんな任務に当たったのかまで頭に入れておきたいと。自分の率いる隊の人間のことだからこそ知っておかないと気が済まないのだろう。

その代わり副隊長への信頼も厚く難易度の高い任務では必ず補佐官として連れていくし、ペアの任務はその殆どを副隊長とこなしている。報告書に目を通すようになって初めて分かったことだけど、それだけでもスクアーロ隊長の副隊長への信頼度はかなりのものだ。

それに比べてこの私。

スクアーロ隊長の隣は隣でも、事務仕事中の隊長の補佐をしたいわけじゃない。


いつか私も、スクアーロ隊長の隣を走れる日はやってくるのだろうか。背中を預けてもらえる日はくるのだろうか。


title by花洩


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