medium story
幸せなアンハッピーの始め方
「隊長達、優しかったね」
「おう。お前ベル隊長に気に入られてたな」
「んな、まさか」
結局このトレーニングルームに何をしにきたのかは分からぬまま、御三方は出て行ってしまった。
罰ゲームがなんとかって言ってたような気もするんだけど、本人達がいいのならいいんだろう。
今日一日、私の愚痴に付き合ってくれているのは学生の頃からの同級生レイ。
爽やかな見た目で静かにしていればイタリア美女に可愛がってもらえる容姿を持ちながら、残念なことに性格がお調子者でわりと自由人であるので爽やか王子系とはかけ離れたやんちゃボーイ。どことなく、上司であるベルフェゴール隊長と似ている部類ではないかと思う。
「俺スクアーロ隊長って間近で見たことねーんだよなー」
「そんなの私もだよ」
「いや、お前自分とこの隊長じゃん」
スクアーロ隊長は確かに雨の部隊の隊長だけど、実質ヴァリアーのNo.2なわけで、ザンザス様の右腕と呼んで間違いない方なんだろう。
雨隊に所属して数ヶ月、未だにスクアーロ隊長と会話をしたことはない。そもそも私の存在を認識しているのかも疑わしくなってきた所だ。初任務には隊長の許可なくして出動は不可能だし、一体どんな基準でGOサインが出ているのかも分からない。
もしかして私のこと見えてないのかな。
剣を持つ者ならスクアーロ隊長のことは誰だって知っているし、誰もが憧れると思う。あの剣帝を打ち倒した男。次期剣帝に一番近い男。
他の部隊に所属している剣士も、わざわざスクアーロ隊長に手ほどきを受けにくると聞く。私の身体に流れる炎が、雨でよかったと、スクアーロ隊長と同じものだということに喜んだのもほんの一瞬。
私の素敵雨隊ライフは見るも無残に砕け散り、ひたすらに地味な個人稽古が続くばかりだった。
「一層の事、任務に行かせて下さい!って直談判でもしようかな?」
「やめとけって。斬られんぞ!」
「返り討ちにしてやるわぁ!」
「…………おい、名前、後ろ」
助けて下さいルッスーリア隊長。
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「おい新人。随分威勢がいいなぁ?」
「……………」
どうしようどうしようどうしよう。
まさか後ろにスクアーロ隊長がいるなんて思いもしなくて、つい。言い訳も口をついて出てこない程ビビっている。仕方がないと思う。初めて面と向かって話してるし、声がでかいし、目付きも怖いし、何故か左手に剣も装着済みだし。斬られるというのが最早冗談ではなかったのかもしれない。
「お前出てってベルの奴に報告書出せって言ってこい」
「え、あ、はいっす!!失礼します!」
「え!?レイ!待ってよ!」
ぴゅーんと、脱兎の如く去っていった同僚の背中を見つめながら誓った。今度会ったら覚えとけよ。
「う"ぉおおい!まだ話は終わっちゃいねぇぞぉ!」
「は、はいっ!」
縋るようにレイが消えていった入り口を見つめたまま固まる私にスクアーロ隊長の大きな声が上から降りかかる。
「明日から一週間、俺に休暇ができた」
「…はぁ」
なんだか少しドヤ顔で、そんな隊長のお休み事情を報告されたところでなんと答えたらいいのだろう。おめでとうございます?
幹部の方は長期任務が個人単位で組み込まれたり、難易度の高い任務への出動も多い。お休み事情までは知らないが、部隊を一つ任される人間として、一週間のまとまった休みというのは貴重なものなんじゃないだろうか。
「泣いて喜べぇ!!ペーペーのぺーのお前のためにこの俺が!スペルビ・スクアーロ様が直々に!訓練してやるぜぇ!!」
「…はぁ」
「喜べよ!!!!」
いや、喜べないよ!
そりゃじっくりゆっくり考えたら、こんなチャンス二度とない事かもしれないし、スクアーロ隊長自ら指導してくださるなんて夢のようだけどさ!急じゃない?え、ドッキリとかじゃないよね?
さっきまでこの人私のこと知らないんじゃないかとまで疑ってたくらい、同じ部隊に所属しているのに接点なかったし。スクアーロ隊長にとって貴重な休暇を使ってもらう程親しくはない。それともあれか?隊長自らシゴいてやらないと初任務にすら送り出せないほど、私って使い物になりそうもないレベルだってこと?え、そういうことなの?
「分かったら今日はもう飯食って風呂入って寝ろぉ!」
「え、まだ18時…」
「うるせぇ、明日は4時には始めるぞぉ!」
「4…時…」
「朝飯は食うなよ。吐くぞぉ」
最後の最後に不気味な一言を残して、スクアーロ隊長はトレーニングルームを後にした。不気味なのは終始不気味だったけど。吐くぞって…。
思い描いていた雨隊ライフと現実がどんどんかけ離れていく。もしかしてヴァリアーに入隊したところから夢なんじゃないの?
「いででででっ」
夢じゃない。
title by花洩
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