medium story

桜のような君








『そんなわけないよ。』




ふわり、笑った彼女の周りに皮肉にも雲雀恭弥の苦手とする桜の花びらが舞ったような錯覚に陥った。



まるで自分のことのように誇らしげに雲雀恭弥の話をするものだから。

何があっても彼女の中の1番は変わらない不動のものであることを、彼女の笑顔から察してしまった。





彼女は自分には人質の価値はないと思っている。


しかしそれは大きな間違いだ。



彼女がここにいてもいなくても、どのみち雲雀恭弥はここへ来ただろう。



ここへ来て、手を縛られ人質にされている君を見て、雲雀恭弥はどんな顔をするのだろうか。





幻覚で眠らせた彼女は人質と呼ぶには恐怖心のかけらもなく、実に穏やかな顔つきで眠っている。一体、夢の中で何を視ているのか。




安らかな寝顔はやはりジャッポーネの花、桜を彷彿とさせるもので、主張の少ない淡いピンクと小ぶりの花びら、ヒラヒラと舞い散る儚げな桜とどうにも被ってしまう。


並盛中強さランキング1位の雲雀恭弥。


そんな危険な男が隣に置く小さな少女。










「やぁ」

「よくきましたね」




涼しげな顔をしてここまで何人の雑魚共を倒してきたのやら。
着崩れる気配も見せない白いワイシャツは、ほとんど綺麗なままだった。






「ずいぶん探したよ。君がイタズラの首謀者?」

「クフフ、そんなところですかね。そして君の街の新しい秩序」

「寝ぼけてるの?並盛に二つ秩序はいらない」

「まったく同感です。僕がなるから君はいらない。この子も、僕が面倒みよう」






眠らせた名字名前は現在僕の膝の上だ。かけていた布を剥ぎ取れば暗い中でより一層白く浮かび上がる彼女のすらりと伸びた手足。黒いセーラー服によく映える。







「その子に何したの」

「別に危害は与えていませんよ。道案内をお願いしたら、快く引き受けてくれました」

「その子は君なんかが手に負えるような子じゃないよ。並盛の秩序もその子も君にはあげない」







あぁ、その顔だ。

獲物を狙う肉食動物の目つき。

縄張りを守ろうと威嚇する毛を逆立てた黒猫のようだ。



やはり彼女を連れてきて正解だった。



安らかに眠る彼女の頬に手を添える。
存外柔らかかったそれは触り心地がよく、人質としての役目を終えた後でもそばに置いても構わないとさえ思えるほどに。ただ、僕を見る目はきっと冷え切って、もうあの桜のような微笑みは見ることがないのだろうと思うと少し残念な気さえした。






「座ったまま死にたいの?」

「この通りぐっすり寝ているのでね。動いてしまってはかわいそうです。それに君と戦うのに立つ必要はありません」

「…………君とはもう口をきかない。」

「どーぞお好きに。ただ、今喋っておかないと二度と口がきけなくなりますよ」

「!!」






ふらつく体をひた隠しにするその顔には、うっすらと汗も滲んでいる。本当に桜が苦手なようだ。

こんなに綺麗なのに。

こんなに彼女に似合う花だというのに。







「海外から取り寄せてみたんです。本当に苦手なんですね………桜」











夢を、見ていた。







「ラッキー!一番乗りだ!」

「ここは立ち入り禁止だ!この並木道一帯の花見場所は全て占領済みだ、出てけ」






並盛の中でも一番綺麗な桜並木。


毎年ここで1日貸切にして花見を楽しむのが、委員長の春の楽しみでもあった。
群れが嫌いな委員長のため、半年以上前から申請をし貸切の状態でお花見をする。
毎年のことだから近所の人たちは理解してくれているけれど、たまに知らずにやってくる人への事情説明のために風紀委員を配置させていた。





『あれ?沢田くん達!』

「なにやら騒がしいと思えば君達か」

「ヒバリさん!名前先輩!」






申請をして貸切にしていることを丁寧に説明すれば、騒ぎになることなんてないのだけれど、風紀委員の人間にはそれが難しいようだ。こういう役目を担うもうひとりの副委員長は、今頃お重作りに追われている。






『ごめんね沢田くん。今日は風紀委員で貸し切ったんだ』
「僕は群れる人間を見ずに桜を楽しみたいからね。彼に追い払ってもらっていたんだ。…でも君は役に立たないね。あとはいいよ自分でやるから」






うまく人払いのできなかった風紀委員は、委員長のトンファーの餌食になってしまった。せっかくのお花見なんだから、できれば物騒なことは無しの方向でのんびりしたいのに。



のびてしまった彼の手当ては、待機させている他の風紀委員に任せよう。今、委員長のそばを離れてしまったら絶対暴れると思うから。






「いやー絶景絶景!花見ってのはいいねー!」





携帯で風紀委員に連絡を入れていると、なんとも呑気な声が聞こえてきた。妙にテンションの高いその声は、最近赴任してきた保険医のもの。委員長お気に入りの赤ん坊リボーンくんの口車に乗せられて、ツナくん達と勝負をする方向に話が流れてしまっていた。





『ちょっと委員長!?今日はのんびりゆったりお花見するんでしょ!?』

「そのための下準備じゃないか」

「へーおめーが暴れん坊主か。お、かわい子ちゃん発見!」

『え!?』

「消えろ」








お酒の入っているらしいシャマル先生は、わたしの腕を掴みにへらーと笑った。と、思えば委員長に殴られて吹っ飛ばされてしまった。


ちょっと強引だったから、ホッとしてしまった。さささっと委員長の後ろに隠れたわたしをシャマル先生から見えないようにしてくれた委員長は、優しいと思う。




もう戦う気満々の獄寺くんと山本くん、そして嫌がる沢田くん。男の子ってどうしてこう血気盛んなんだろう。わたしの周りにはこんな男の子たちしかいない。



怪我しなければいいけれど。



ふわっと風が吹き、何枚かの桜が散った。



桜は好き。薄くて綺麗な桜色は心が穏やかになるし、風に揺れていろんな表情を見せてくれるから見ていて飽きない。けど、少し寂しさも感じる。そんなところが好きだった。

桜を見ると儚くて、何かが終わる気配を感じる。

卒業の固定概念のたわものかもしれないけれど。






騒ぐ委員長たちを無視してひとり桜鑑賞会を行っていたわたしが、そちらの様子を伺うとちょうど沢田くんと委員長の勝負がつくというところだった。



殴られそうになる沢田くんがあまりにも弱々しい声を出すものだから、さすがにかわいそうになって止めてあげようとそちらに足を向けた時だった。



委員長が膝をついてしゃがんだのは。




『委員長!?』

「こいつにかけた病気は、桜に囲まれると立っていられなくなる桜クラ病だ」

『桜クラ病……?』






ヘンテコな名前の病気だけど、委員長が膝をついてしまったのはこの桜に囲まれた場所でその病気になってしまったからということなのだろう。



一人で立ち上がり、この場を去ろうとする委員長は足元もおぼつかなくて見ていて危うかった。あんな委員長見たことない。


沢田くん達への挨拶もそこそこに、委員長を追いかけそっとその背に触れてみた。






「……花見は中止だ」

『それより大丈夫!?どっか痛むところない?』

「……………………楽しみにしてただろ」







額に汗が滲んでいる。

触れた背中も熱を感じるほどで、思わずその腕を肩に回し支えるような体制をとった。わたしに体重をかけようとしない委員長を無言で睨んで数秒。先ほどの言葉とともに僅かながらにこちらに体重がかけられた。支えているうちにも入らないだろうけれど、少し嬉しく思ってしまうのはいけないことではないだろう。






『桜なら応接室からだって眺めることはできるし、こんなフラフラな委員長をほっとけっていう方が無理があるよ。』

「フラフラなんか…、」

『あ!でもお重はもったいないから、今から応接室で食べようね』





そう言って笑ったら、委員長も少しだけ笑ってくれたような気がするから、わたし達はゆっくりと並盛中へと帰っていった。





委員長はあれから桜を見るとどうも体調が優れないようで、見回りのルートも桜の木がないところを選ぶようになった。桜の花が散るまでのわずかな間だったけど、応接室の窓から遠くを見つめる委員長は不謹慎ながら桜のようにはかない存在に思えた。







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