medium story
どうしてもこうなる理由
殲滅する組織の頭を仕留めれば、今日の任務は終了だ。結局、ベルひとりで任務を遂行したようなものだ。これ、私いらなかったんじゃないだろうか。
「ししし、張り合いねーの。」
「早く帰ろう。」
「……………」
返り血も浴びることなく任務を遂行したベルと、心ここに在らずな私。
出会った頃のこと、一緒に笑い合った幼い日のこと、恋人同士になったばかりの頃のこと、最近のこと、先ほどのこと。余計なことばかり考えて大した働きはしていないというのに、頭だけがとても疲れたような気がする。
辿ってきた道筋を逆戻りしていく。
行きと同じようにベルが先頭で、私が後ろ。
銃声も雄叫びも呻き声も聞こえなくなった静かな廊下に、ベルと私、二人の足音だけが響く。誰も何も喋らない。静かな空間だった。私たちの足音の他に、何も聞こえるものなんてなかった。
「ベルっ」
「……なに、してんの?」
「見て、分かんない?愛しの彼に、熱い、抱擁…」
「ばかじゃねーの?」
私の背中にはベルがデザインしたオリジナルナイフが一本刺さっているに違いない。それと同じものがたった今、このナイフを投げた人物に刺さり、後ろでどさっと崩れる音がした。
まだ、息のある奴がいたなんて。さっきまでの私は本当に余計なことばかりを考えて、任務に集中していなかったらしい。よく考えたら、ベルならこれくらいの不意打ち避けられるのに。わざわざ私が庇わなくても良かったんじゃないだろうか。その証拠にほら、きちんと相手の息の根はベルが止めてくれたじゃない。
「動けねーだろ、いい加減離せよ。」
「やだ。」
「は?」
「やだ。」
やだ。やだやだやだやだ。
帰ったら今日もベルは他の女のところへ行ってしまう。
どんどん遠くなる背中。
いつしか追い掛けるばかりで、振り返ってもくれなくなってしまった彼の背中。
背中ばかりを追いかけて、結局何になったのだろう。
ナイフが刺さった背中も痛いし、ごちゃごちゃ考えすぎた頭も痛いし、心臓は握り潰されそうなくらい痛い。痛くて苦しくて悔しくて、目から涙が溢れ出す。
どこにも行かないでほしいのに。私を置いてどんどん進んでいってしまうベルに、待ってと一言言えたらよかったのに。
背中を追いかけるんじゃなくて、仲間として隣を歩んで、生き生きした横顔を眺めたいのに。
他の子によそ見なんかしないで、私だけを見て欲しいのに。
ベルの隣に昔からいたのは私で、それはこれからも変わらないし、他の誰かに譲ってあげるつもりもないのよって言いたいのに。
長いこと一緒にいたのに、私ベルに言いたいことのほんの一部も言えてなかった。
いつも気持ちと反対のことばかりして、天邪鬼もいいところだ。こうやって人は、取り返しのつかないタイミングで自分の過ちに気付いて後悔するんだ。
あぁ、悔しいな。
「名前!」
「………」
「名前!」
あぁ、悔しいな。
ベルが呼んでるっていうのに、返事ができない。
久しぶりに目を見て名前を呼ばれている気がするのに。私の顔を覗き込むベルの顔も、霞んでよく見えない。
「名前!」
「っん、ベル?」
「てめえ、ふざけんな死ね。」
「いたっ」
おでこにデコピンを食らった私は、どうやら医務室のベッドに寝かされているらしい。起きて早々、食らったデコピンは思いの外痛くなくてベルが手加減するなんて珍しいな、なんてことを思った。
「ベルが運んでくれたの?」
「そ、感謝しろ。ちょっと背中にナイフが刺さったくらいで、意識とばすとか雑魚すぎ。ここまで王子に運ばせるとか何様。名前の分際で、一丁前に王子庇うとか意味わかんねーし。泣いてるし。雑魚かよ。」
「心配かけてごめん。」
珍しく素直な気持ちを言葉にしたものだから、気恥ずかしくて仕方がない。まくし立てるように人を馬鹿にしたようなことしか言わなかったベルも、面食らって黙った。
そうだ、ベルが素直じゃないことなんてもうずっと昔から知ってたじゃないか。
知ってて、知らないふりをして勝手に傷ついて、ベルの本心を探ってあげようともしなかった。
どうやら私たち、似た者同士だったみたい。
「ベル」
「あ?」
「お誕生日、おめでとう」
「別にめでたくねーし。」
「めでたいよ。生まれてきてくれて、ここに来てくれて、私と出会ってくれてありがとう。」
何回もベルの誕生日を祝ってきたけど、生まれてきてくれたことに感謝をしたのはこれが初めてだった。
ベルがいない世界なんて想像がつかない。
これからは後ろじゃなくて、横に並んで共に歩みたいから、素直じゃないあなたの代わりに私がベルの生まれてきた意味になろう。
title by:花洩
prev|next