medium story

至極まともな嘘ひとつ







「ベル。ベルー、寝てるの?」









扉越しに声をかけてみても返事はない。



ただ、人の気配に敏感な人だから、たとえ寝ていたとしても私がここにきた時点ですでに起きているはずだ。1時間後にはここを発たなければ任務に間に合わない。





「開けるよ」








このまま二度寝されては困るのだ。

返事はなかったけれど、一応一言断りを入れて扉を開ける。

扉を開ける時は神経を研ぎ澄まさないと命を落とす。寝起きで頭がはっきりしていない状況でも、しっかりと急所を狙ってナイフを投げてくるところは流石と褒めたいところだが、そこまでできるのであれば見知った相手の気配くらい察知してほしいものである。ちなみにスクアーロが起こしに来た時は100%の確率でナイフが飛んでくるらしいけど、それはわざとだってこの前笑っていた。









「ベル、任務………」








今日はナイフが飛んでくることはなかった。

それでも私の心臓には、確かに鋭利なナイフが突き刺さって、5秒ほど体のすべての機能は停止した。









「…っあぁーーーー、だり。」

「おはよう、ベル」

「…………………………おう。」








たっぷり間をあけて返ってきた反応は、随分と適当なものだった。



あけた扉の先には外ハネにセットするために少し長めに切り揃えた髪を、ガシガシと乱暴にかきながら欠伸を漏らすベルがいた。その隣にいたどこのどちら様か存じ上げない女の子が、私を見て、ベルを見て、そしてもう一度私を見てからさーっと顔を青くする。







「ベル、任務だよ。」

「もーそんな時間?」

「一時間後に玄関ホールね。」

「りょーかい」










あわあわとひとり慌てふためく女の子を置き去りにして、私たちはそんな会話を交わした。そして今だにだるそうにしながらもシャワールームへと向かっていった同僚兼恋人であるベルの背中を見送ってから部屋を出ようと体の向きを変えた。







「あっ、あの…」




弱々しい声色で呼び止められたので、首だけ振り返り扉に手をかけた。


今あなたに何を言われても、私はきっと「そう。」としか答えることができない。






「ベルの支度が終わる前に部屋から出たほうがいいわよ。迎えが必要なら車を用意させるけど……」






そこまで言って、より一層不安や焦りの色が濃くなった彼女に見覚えはなかった。ただ、脱ぎ散らかされた服はここの使用人の着るソレだったので、必要なさそうね、と告げて部屋を出た。









「おう、今から任務かぁ?」

「1時間後にね。ベル起こしに行ってきた帰り。」

「また、女でも連れ込んでたかぁ。」

「まーね。しかもうちの使用人。」









あいつも懲りねえよなぁと笑うのは、同僚のスクアーロだ。




幼くして暗殺部隊に身を置くことになった、私とベルにとって兄のような存在。兄というよりは父や母といってもいいくらい面倒を見てもらった。





同時期に入隊した私たちがそれなりに仲良く成長していき、それなりにお互いを意識し始めていつの間にやら付き合った。幼なじみとやらによくある話だと思う。周りも別段祝福もしなかったし、驚きもしなかった。まぁ、そんな感じ。ただ、反対はされた。主にスクアーロとルッスーリアに。それも本気で反対しているわけではないのをわかっていたが、とにかく兄のような存在であるスクアーロが反対するくらいには最低な奴なのだ。私の恋人とやらは。






小さい頃から一緒にいて、一緒にいることが当たり前になって、いつの間にか付き合っているということになっただけで、何か特別な言葉があったわけでもないし、ベルに好きだとか愛しているだとかそんな言葉をもらった記憶もない。それでもきっとただの同僚ではない関係。もう何年もそんな感じだ。甘い関係とは程遠い、冷めきった夫婦のような私達。ベルの女遊びも一向に止む気配がない。先ほどの現場を目にしてもベルと普通に会話をすることができるのは、これが初めてでもなければ一度や二度の話でもないからで、つまり慣れてしまったのだ。







「お前も大変だなぁ。」

「もう慣れたよ。」

「あいつも大変だなぁ、おい。」







別れ際に右手を頭にポンと乗せて、スクアーロは去っていった。スクアーロが頭を撫でてくれる時は決まって右手だ。昔、まだベルも純粋にスクアーロに遊んでもらっていた時期、両足にしがみつく私たちの頭を両手ではなくわざわざ右手だけで撫でてくれていたことに気付いたのは、こうして大人になってたまにしか撫でられることがなくなってからだった。










title by:花洩


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