わたしの眉毛はとても立派だ。そりゃあ、もう。コンプレックスになるくらい。だから、大人になったと同時に剃り落とした。それから毎日手入れをしてほっそい眉毛を描くようにした。そしたらどうだろう。世界はとても明るいじゃないか!今までわたしの眉毛をバカにしていた奴らはわたしを可愛い可愛いって持て囃している!なんて素敵!眉毛なんて初めからなければよかったのよ!
「ぐすん」
「なにがぐすん、よ!ばーか!君のせいでわたしは幼い頃からバカにされて悲しい幼少時代を送ったんだから、少しくらいちやほやされたっていいでしょ!アメリカは眉毛が細い方が自分に似ていていいっていってた!」
わたしの眉毛の元凶であり、元兄であるイギリスはわたしが他所で眉毛が細くなったことで褒められるとすぐにこう、落ち込む!ワイちゃんがなんで未だにあの眉毛を受け入れているのかよくわからない!
「あんなに、可愛かったのになあ」
「ふーんだ!イギリスはいっつもわたしの所に来るのアメリカのついでだったじゃないか!あの頃のイギリスの中じゃ、カナダよりわたしのが影薄かったんだろ!」
「何言ってんだ?お前のこと散々可愛がってやっただろ!」
「アメリカが独立した後にね!わたしやカナダまでいなくなったら寂しいからでしょ!」
幼い頃のわたしは、正直、イギリスが好きで好きで仕方なかった。近所の子に眉毛でからかわれても、イギリスとお揃いだから嫌じゃなかった。イギリスが可愛がってたアメリカにもカナダにも同じ眉毛はなかったから、わたしだけ特別だと思ってた。違ったけど。大きくなって世界を知ったらイギリスなんかよりずーっとずーっと優れた国や素敵な国があると知って、イギリスなんて好きじゃなくなったけど、わたしの初恋の失恋の恨みは根強いのだ。
「おまえがこーんなに小さくていぎりちゅーって駆け寄ってきた頃はなあ…」
「…アメリカとの思い出と混ざってない?わたし、いぎりちゅーなんて呼んだことない」
「いや、まさか!間違えるわけないだろ。帰ろうとすると、帰るなんて許さないぞって言うのがアメリカ。おまえは、泣きながらキスをせがむんだよな」
「いや、そんなことしたことアリマセン」
なんて恥ずかしい記憶だろうか。確かにわたしは、いつもキスをせがんだ。唇にだ。もちろん、唇にされたことはないけれど。それでも、頬に優しく触れるキスはとても好きだった。わたしを抱き上げて頭を撫でて、優しく笑ったイギリスが、わたしの頬にキスをするのだ。あの時ばかりは、イギリスはわたしだけのものだった。
「ボケてんじゃないの?もう年?」
「そんなんじゃねーよばかぁ!」
「ふーん?年はとりたくないもんだね。記憶がこんがらがっちゃってんだもん」
「だから、間違えてねぇって!まあ、いいけどな。お前らみんな、バカみたいにでかくなりやがって…。恩を仇で返しやがって…。そ、そんなに、俺の妹は嫌だったか?」
恐る恐る、イギリスが聞いてきた。こんなとき、アメリカだったら「最悪だったぞ!」とかあの能天気な笑顔で言うんだろうな。
本当はそんなこと思ってないのに。
「嫌じゃなかったよ」
パァァとイギリスの顔が明るくなる。むかつく笑顔だ。
「そ、そうか!」
「わたし、イギリスのこと大好きだったもん。恋愛感情で」
ピシ。イギリスの動きが止まる。そりゃ、そうだ。こんな爆弾発言。わたしもびっくり。言うつもりなんてこれっぽっちもなかった。
「…あー…。今のなし。なし。」
「なしっておまえ…。ほんとうか?」
「…なしだってば」
「なんでだよ」
「なしなの。ないの。内緒!嘘!終わり!この話終わり!わたし帰る!フランスにディナー誘われてんだ!」
「は!?なんだと!?クソ髭に!?ふざけんな!ぜってぇ行かせねぇ!」
「いや、行くし!絶対行くし!フランス料理マジうまいしマジリスペクトだし!」
嘘だけど。まあ、いきなりフランスんち行ってもきっと受け入れてくれる。貞操の危機も隣り合わせだけど、まあ、なんとかなる!ここでこのバカ眉毛から逃げられればわたしの貞操の一つや二つ安いもんよ。
「ぜっってぇ行かせねぇ!今日は俺んちに来い!美味いもん食わせてやる!」
「は!?嫌だよ!イギリスんちに美味いもんなんかないよ!あ、紅茶は好きだよ!」
「紅茶淹れてやる!とっておきの淹れてやるから!」
「なんだよ紅茶のとっておきって!気になるな!気になるけど行かない!行かないからね!」
「俺のこと好きだったんだろ!ちょっとでいいから好きだった頃の話聞かせろよ!」
うげ、と思ってイギリスを見ると、イギリスは涙目になっていた。どんだけだよ…
「話すことなんかないよ。イギリスの思い出と一緒。過去の恋愛はトイレに流すのが今時のレディなのよ」
恋愛と言うより一方的な恋だけど。
「と、トイレに…」
「そう。わたしはあの日、眉毛と一緒に恋心もトイレに流したの」
「そう、か…」
なぜ、そんなに悲しそうな顔をするのか。そんなに昔話がしたければカナダにでも頼めばいいのに。アメリカはしてくれないだろうけど、カナダなら一緒にしてくれるだろうに。わたし?わたしは死んでも嫌よ。あの時の無垢なわたしの恋心がわたしを苦しめるのよ。なんでこんな眉毛を一身に想ってたのか謎すぎる。それから、今でも気をぬくと気持ちが揺らぎそうになる。だから、できるだけ思い出したくない。あのアホみたいな笑顔とか。まじ。むり。
「ま、まあ?わたしのことが好きで好きで仕方ないって言うなら?昔話に付き合ってあげないこともないけど?」
「は!?」
「は、じゃないよ?まあ?イギリスはわたしのことなんて?妹としか思ってないだろうし?わたし的には?新しい恋もしたいわけで?フランスとか?スペインとか?ドイツとか?イタリアとか?ヨーロッパで男には困らないわけで?で?それで?まだわたしを引き留めるの?引く手数多なわたしを?」
ぶっちゃけ、ドイツなんて大して話したことないんだけれど。その兄とならよく話すけど。
何を言ってるんだわたしは。まるで、トイレに流した気持ちが逆流してるじゃないか。大惨事だよ、これ。トイレ逆流してるよ。つまってるよ。
「…お、おまえが、そんなに俺が好きだって言うなら、好きだって言ってやらないこともないんだからな!ばかぁ!」
「へ!?は!?
あ、いや。わたしが求めてるのはそういう好きじゃないんですけど?」
「……………だ!」
「なに?ぜんっぜん聞こえないんですけど!」
「おまえが好きだ!」
「はぁ!?」
顔を真っ赤にしてなぜか星のステッキを構えたイギリスが叫んだ。わたしも叫んだ。びっくりした。びっくりする暇もないうちに、イギリスはほげら!とかほぁっく!とかわけのわからんことを叫んでわたしに星のステッキを振り下ろした。思わず目を瞑ると目の前に人の気配。眉毛だろうと目を開けるとドアップでイギリスの顔。顔。顔。眉毛。
「ななななな!?」
それから、自分の声の高さに驚いて地面からわたしがだいぶ離れていることにも気がついた。わたし、イギリスの不思議な力で子供に戻されてる…!?
「よし…このおまえになら、面と向かって話せるぞ」
「はなせろりこん!」
「俺も、おまえが好きだ。おまえが眉毛を剃り落としたと聞いた時、苦しかった。俺はどれほど嫌われているのか、と」
「やめろロリコン!わたしの綺麗な思い出を汚すな!いつから好きだったんだ!」
「…思い出せない。少なくとも、おまえが俺の妹だった頃からはすきだった」
「やめてくれロリコン!勘弁してくれロリコン!わたしがロリコンを好きだった時とモロ被りじゃないかロリコン!ロリコン!ロリコン!ロリコン!」

ハッピーエンドのその前の


幸せが目の前にあっても尚且つ受け入れられない想い人の気持ち悪さよ。誰かこの眉毛を止めてください。


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