*前の独立の続き
彼は私を正式名称で呼ぶ。無駄に長ったらしい私の嫌いな正式名称で。早く上司が思い立って名前を変えてくれればいいのに。どこぞの貴族が間違えられることに嫌気をさして変えようとしたように。定着していないけれど。
それから、あの笑顔が見れない。ニコニコと優しい彼の笑顔が、私は好きだった。だけれど、彼は私にその笑顔を向けるのをやめてしまった。…仕方がないことだとは思う。あの眉毛も彼が独立した後は何年か彼を正式名称で呼んでいたし、暗黒物質をプレゼントすることもなかった。
さて、私の家は現在とてつもない経済難だ。大戦も終わり、冷たい戦争も終わり、つまり、稼ぐところがない。今まで傭兵をしたり、彼に物資を売りつけたり平気の開発のお手伝いをして
お金を稼いでいたものだから、お金がない。また、食料は基本、彼のところから輸入指定したのだから、食料もない。詰んだ。滅亡だ。独立してから上司はすでに5人変わった。5人はそれぞれ、彼に頭を下げてもう一度妹にしてもらえるよう頼めと言ったりよその国の妹になりに行けと言ったり、挙げ句の果てにはアジアの大陸に出稼ぎに行けと言ったりもした。おかしいな。彼は独立した後、めきめきと力をつけて世界一の大国になったのに。時代が悪いのか、私がバカだったのか。どこかの国との争いで疲弊している今がチャンスと狙った独立だったけれど、これは失敗だったのだろうな。
「イギリスさん。私を英連邦に加えてもらえませんか」
会議の後、疲れた顔をして会議室から出てきた眉毛に上司に渡されたカンペを読み上げる。もちろん、私のような小国は会議には参加できないので、会議室の外で待っていた。
眉毛は目をまん丸くして私を見下ろしている。
「おまえ、あいつからせっかく戦争までして独立したのに、英連邦に?」
「そう言えって上司が」
私の意志ではないことを強く伝える。出来ることなら、私だって私として私だけの力で生きていきたい。
「友達ではなくて?」
「…お友達が欲しいならなってやらないこともないですけど、上司は私がまだ小さいからいけないんだと言っていました」
「体が小さいのは仕方がないんじゃないのか?」
女の子だし、と彼は続けた。うちの上司は頭が悪いのだろう。だから、私も頭が悪い。今は小さくても、彼から独立すれば大きくなるに違いないとあの時は思っていた。私も、国民も、当時の上司も。ならなかったけれど。
「…でも、覚悟はできてるんです、私。彼の家から出て、うまくいくと思っていたけど、いかなかったら消えるんだろうなって。あなたとか、他の大国に縋ってまで生き続けることに意味を見出せないんです。私、国なのに、無責任ですよね」
笑いながら言うと、目の前の眉毛がしゃがんで私と目線を合わせてこう言った。
「おまえは無責任じゃない。やれることはやっただろ。それでもダメだったんだから、頼るのは俺じゃないだろ。」
「誰に頼れと言うんです?まさか、いまさら彼に?」
そうだ、と彼は頷いて会議室を指差した。おそらく彼は、まだ中にいるんだろう。
「今度こそ私、51個目の州にされますよ」
「だとしても、死ぬよりはマシだろ」
「…どうでしょう。私、彼と対等になりたくて頑張ってきたのに」
「対等だったはずだ、あの戦争では。それで、お前はそれに勝ったんだ。それに、あいつはおまえを見捨てるなんて出来やしないさ」
俺がそうだったように。やけに重みのある言葉だと思った。この人は彼に冷たく当たった時期もあったけれど、いまも7月になると白目でフラフラしながら歩いていたりするけど、見捨てるようなことはしないだろうな。もし、独立したての彼が死にかけたら、この人ならもう一度受け入れたのだろうか。
もんもんと考えていたら無理やり会議室の扉を開かれ中に突っ込まれた。後ろを振り向くと白目をした眉毛が憎たらしく笑いながら扉を閉めていた。
「なんのようだい、」
私を正式名称で呼ぶ彼がそこに立っていた。彼の他に、見覚えのある大国が帰る支度をしたり立ち話をしたりしている。
「イギリスさんに英連邦に加えていただけないかと打診しに来ました」
他の国に話しかけられた時用のカンペを読み上げる。
「ふぅーん。君確か今、死にそうなんだっけ」
「はい。でも断られたので死ぬと思います」
カンペには書かれていないことをカンペから目をそらさずに言う。彼の周りの国々が興味を示して私たちを見てくる。
「あれ、あれー!?アメリカんちの子じゃなーい?えー?どうしたのー?お兄さんちの子になるー?なるよねー!」
「おっさんは黙っててくれよ。今は俺と話ししてるんだ」
「チャオチャオ!ベッラベッラ!フランス兄ちゃんちがダメなら俺んちは?パスタとかーピッザとかーパスタとかーワインとかーパスタとか美味しいよ!」
「イタリア、君も、」
「えーじゃあ親分ち?うちトマトめっちゃうまいでー」
「僕のところだよね。一年中涼しくて過ごしやすいよ」
「涼しいというか寒いだろ」
「我の家くればいいある。だいじょーぶ。我の家の人がおまえんちに我の町作るある」
わいわいがやがやと相変わらず楽しそうな大国である。
「黙っててくれよ!この子は俺のなんだぞ!」
一瞬、あたりがシンとなる。何を言っているんだ彼は。私はもう、彼のものではない。
「なーに言ってんのアメリカ。この子はもう、おまえんちから出てったろ?おまえがどこぞの眉毛から独立したみたいに」
「…俺の上司が、まだいつでも取り返せるから一度撤退するように言っただけなんだぞ」
「でも、俺らこの子の独立認めちゃったし。この子は国際的に独立国家だぞ。それを今から侵略するのはどうかと思うけど」
「侵略はしないさ。ただ、俺はこの子の資源が必要なんだ。この子の家の周りの海の底から出る資源が」
だから、と彼は続ける
「妹には戻せないし、イギリスなんかにも渡さない。もちろん、君らなんかもってのほかさ」
「…私の海、そんな素敵な資源があるんですか?」
「あるよ。でも、今の君には活用できないし、取り出すことすらできない。」
「…売っぱらうこともできないんですね」
「そう。そこで、俺は君が倒れるのを待つことにしたんだ」
うっわなんてひどい!と周りの国々が言う。確かにひどい。
「でも、そんなのヒーローっぼくないだろ?だから、決めたんだ。君をヒロインにするって」
「…よくわからないんですが」
「はじめは上司の言ってることがわからなくて悲しくて悔しくて、ひどく当たったりもした。けど、もうやめるよ。ねぇ、」
懐かしい呼び方だった。独立のための戦争を起こす前、冷たい戦争が始まる前、大戦の頃まで私を彼はそう呼んでいた。
「結婚しようか」
私より随分と大きい彼が私の目線に合わせるように跪き、私の指にぴったりの小さな指輪を差し出した。周りの国々はさっきまでのブーイングが一転、ヒューヒューと冷やかしの声を上げ始めた。
「反対意見は認めないぞ!」
そっと開かれた扉から、白目の眉毛があのムカつく笑みでこちらを見ていた

あの日の幸せを僕らは祈ったんだ


彼と結婚という名の統合をしてから私の体は大きくなった。私の国の一般成人女性と同じくらいの身長だ。もちろん、経済的にはとても裕福になり、富裕層が増えた。また、観光地も整備されて一大観光都市にもなった。全てが順調だ。おそらく、あそこで私が独立していなければ国として認められずにいた。その場合今頃私は51個目の州だったに違いない。
「ねぇ、」
あの人懐っこい私の大好きな笑顔で彼は私のことをあの大好きな呼び方で呼ぶ。
彼は紛れもなく、私のヒーローだった。今もの昔も、あの時も。


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