ホルマリン漬けの蛇を見ながら彼は言ったんだ。
「君も死んだら、」
いつもふざけたような顔してるのにやけに真剣な声で言うもんだから、きっと本気なんだろう。死んだ後のことなんて考えたことがないからわからないけれど、出来れば静かに眠らせて欲しい。煮るなり焼くなりして土に埋めて、そのまま目が覚めないように。けれど彼は今度、スマートフォンを取り出して棺桶を眺め始めた。まるでおとぎ話の白雪姫が眠るような透明なガラスの。
「ホルマリンと一緒に入れておけば、俺が死ぬ時まで保つかな?」
相変わらずやけに真剣な声で私に問いかける。
「あなたはいつ死ぬの?」
「うーん…2、30世紀後は生きているかわからないんだぞ」
気が遠くなる話だ。今はまだ、20世紀の前半も前半だというのに。
「地球があるかどうかもわからないしね!」
彼は続けて言った。
「そうだね。私はもう、後半世紀くらいしか生きられないだろうけど」
「まさか。少なくとも後一世紀はいきてもらわなきゃ!」
「しわっしわのお婆ちゃんで生き長らえるのは嫌だわ」
「なんで?」
そりゃあ、言いかけて止まる。彼はきっと、私が死ぬ時まで自称ナインティーンのまんまなんだろうと思ったら悲しくなった。そう言えば、出会った時は私の方がずっと年下だった。未だティーンに間違えられる私も今や二十代も半ば。その内おばさんの仲間入りをして、おばあちゃんになるんだ。隣にナインティーンの恋人を置いたまま。
「君、気づかないのかい?自分の老けるスピードが周りに比べて遅いって」
「気づかないわ。だって、ケアしてるし」
「…ほんとは内緒なんだけど、俺たちの周りは時間の流れが君らとは少し違うんだ。だから、本当は長いこと一緒にいられないんだよ。」
そう言われて、出会ったばかりの彼は時計ばかり気にして、ついにはアラームをつけて私と一定の時間しか会わなかったことを思い出した。今では、休みの日は朝から晩まで一緒にいることもあるけど。
「…ああ、だから時々周りとなんか違うなって思うのか」
「そう。だから君を俺の秘書にしたのさ」
以前、ほんの一月前に会ったつもりの友人に何年も会っていないかのような態度を取られて驚いたことがある。きっとそれも、彼の言う時間の流れが違うってことなんだろう。
「友達の飼っている犬は1800年代から健在なんだぞ」
「…へぇぇ。ドン引き」
「だから、君が嫌だって言っても後一世紀は生きててもらうんだ。」
スマートフォンの写真の中からアジア人の男の人と白い犬が楽しそうにお散歩している写真を私に見せながら、またやけに真剣な声で言った。
「俺にはもうわからないけど、きっとものすごく辛いと思うんだ。普通の人間が200年も生きるのは。だから、100年でいい。100年だけでいいんだ。俺と一緒にいてくれないか」
反対意見は認めないんだぞ。といつものような元気な声ではなかったけれど、彼はそういった。100年でいいって言われても、100年は私からしたら膨大な時間だ。普通の人間なら一生かけても生ききれないかもしれない時間だ。それでも、彼からしたら大したことないのかもしれない。
「…その後、私をホルマリン漬けにするの?」
「ああ!そうしたら、君を忘れずにいられる」
そうでもしないと忘れてしまうのか。実際は言わないけれど。
「もし、100年後の私が今と変わらず若くて可愛かったらそれもいいかもしれない」
「若くなかったら?」
「一思いに焼いて欲しいな」
彼は考え込むそぶりを見せ、その後言った。
「お断りなんだぞ!」
彼のその眩しい笑顔が、好きなんだなあ、私。

いつのことだったか忘れたけれど、なんてことはない日常の片隅を好んだ僕と、偶然にも似た世界の話

仮に私が100年後彼によってホルマリン漬けにされたとして、彼がその私を見るたびに私を思い出してその後の何千年でろくな恋愛ができないのだと思えばそれも悪くはないと思う私もいるの。なんで性格の悪いこと。


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